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2016年6月15日 

産業界はマイナス金利なのだから、
カネをモノに転換せよ

森本 紀行

HCアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長

 日本銀行が「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に踏み切った背景には、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している」との環境認識がある。

 しかし、金融政策は、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」自体は実現できず、単に、「原油価格の一段の下落に加え、中国をはじめとする新興国・資源国経済に対する先行き不透明感などから、金融市場は世界的に不安定な動きとなっている」現状に対して、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延する」リスクの「顕在化を未然に防ぐ」ためのものにすぎないのである。

 事実としては、未だに「20年間も続いている低金利環境から脱却」できておらず、その長期間ずっと「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」は、遅延し続けてきたのでる。そして、その極、ついにマイナス金利に至ったというわけである。

銀行等への大きな負荷

 現状、銀行等にとって、調達費用に占める金利費用は限りなくゼロに近いが、店舗経費や人件費の削減には限界があって、これ以上の経費の合理化は顧客サービスの悪化を意味する以上、もはや調達費用は下がり得ない。

 運用収益のほうは、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」がない限り、産業界の資金需要は拡大していないから、融資は量的に伸びず、金利だけが下がるので金利収入の減少が続く。加えて、より深刻な問題は、国債等の保有債券の利回り低下である。

 結果として、銀行等においては総調達費用が下限に達し、総資産の運用利回りの低下は止まらず、利鞘の逆転までもう一息というところまで来てしまったのである。利鞘の逆転とは、銀行等の事業基盤が構造的に崩壊することを意味する。これは、深刻な金融の危機なのである。

 しかし、同時に日本銀行は、巨額な国債の買い入れを継続している。確かに、国債利回りの低下は、一方では銀行等の経営を圧迫するが、他方では高い価格で日本銀行が買ってくれることは、確実な出口の確保という機能も果たしているのである。

 こうして、日本銀行の金融政策は、表面的には銀行等の経営を圧迫するようでいて、裏では日本銀行の犠牲において、銀行等の経営への影響を限定的なものとしている。日本銀行の犠牲という意味では、特に高値で買い続けられている国債について、遠くない将来、日本銀行に巨額な償還損を発生させるものとして、非常に懸念されるところである。

短期決戦の構え

 確かに、日本銀行としてはマイナス金利という選択肢を得たわけだから、状況によっては、マイナス幅の拡大も適用範囲の拡大も、理論的な可能性として市場に認知せしめたということである。では、今回の措置は、持久戦的様相を呈する金融政策について時間の猶予を確保したにすぎないのか。

 もしも、実際にマイナス金利政策を強化すれば、銀行等としては実質的なマイナス金利を顧客に課す方法として、口座管理手数料の徴収に踏み切らざるを得なくなる。そのとき、依然として「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」が実現していないとしたら、個人においては現金保有を選好する動きを生じ、企業においては預金を引き出して得られる期待収益がマイナスである限りは、預金を据え置くであろうから、どちらにしても金融政策は十分な効果を生まず、政策は手詰まりに陥る。

 しかし、そのような事態の生起は、日本銀行においては、客観的な可能性としてはともかくも主観的な政策の強い意図としては、全く想定されていないのであろう。つまり、今回の政策は持久戦を意図したものではなくて、短期決戦を意図したものでなければならないのである。

資本主義の精神としてのインフレマインド

 鍵は、産業界として、また個人として、カネを使い切るということ、あるいは日本銀行の立場からいえば、カネを使い切らせるということである。結局、事実として「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」が生じないなかでは、止められない政策の継続としてマイナス金利に至るまで金融緩和政策を徹底しても効果はないのだし、最終的には、遠くない将来において政策の限界に達するのである。

 今ここで「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」を実現しない限り、無理に無理を重ねてきた金融政策と財政政策のもとでは、日本経済の将来を見通せなくなってしまう。まさに、日本経済の危機は極致に達したのである。しかし、危機は常に機会であるわけだから、ここは日本経済が再成長軌道に乗る絶好の機会ととらえるべきところである。絶好にして、最後の機会である。

 要は、デフレマインドの転換とは、インフレマインドのことでなければならない以上、巨額に滞留したカネはモノに転換されなければならないということである。資本主義経済の根底には、一種の投機的冒険心がなければならないのだから、物価が下がる──例えば、資源価格が下落するのならば、反転を期待して買い上げる力が働かなければ、経済は機能しないのだ。

 つまり、物価が下がることで、より下落するとの期待形成がなされることがデフレマインドなのであって、それは資本主義経済のもとでは、本来あり得ないことなのである。物価が下がれば、反転して上昇するとの期待形成がなされる──即ち、インフレマインドこそ資本主義を支えるマインドなのだ。

カネは使うからこそ太る

 では、どうしたら忘れられた資本主義のマインドが復興するのか。資本主義経済の原理として、経済財政政策主導でも、金融政策主導でも「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」を促すことはできない。政策はどこまで行っても補助的機能であって、経済の動態に作用する主因ではあり得ないのである。

 主因は、産業界の決断である。カネを使い切る決断である。靴商人が南洋の島に営業に行ったとき、誰も靴を履いていない状況に対して、「故に靴は売れない」と考えるようでは、商業は成り立たない。これらの人が全員靴を履くようになったら大きな商売になると考えてこそ、真の商業の精神なのである。

 カネは先に使う。そうすると、必ず太って戻ってくる。これが資本主義の基本的発想でなければならない。カネは使わない限りやせ細る。これは、マイナス金利政策が象徴する反資本主義の帰結である。なお、「カネは先に使う、そうすると必ず太って戻ってくる」というのは、いうまでもなくアベノミクスがいう好循環のことである。

2016年6月15日

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