2019年6月1日
サーベイ
グローバル&デジタル時代に向けた
経営者CHROの挑戦
─CHROおよび人事・人財部門の現状と課題─
モノを作れば売れた時代はとうに終わった。
需要は多様化し事業のサービス化も進んでいる中、競争環境は広がり、世界のどこでいつ新しい競合が生まれてくるかもわからない時代に入っている。
こうした不確実かつ複雑な経営環境を前に、これまでの日本企業の人事戦略・人事管理は機能不全に陥っているのではないだろうか。
2018年10月に発足した日本CHRO協会は、日本企業の人事分野における現状と課題を調査すべく、CHRO(最高人財責任者)、人事担当役員、さらに戦略実行・課題解決に取り組む人事・人財部門の方を対象にアンケート調査を実施した。アンケート結果をもとに、日本企業の課題についてヒトの側面から考えてみたい。
回答いただいた企業は製造業が33%と一番高く、情報・サービス、建設・不動産、通信業と回答比率が高い順に続いており、多種多様な業種の人事責任者の意見を集めることができた。企業規模は大企業が主体で、日本企業の本社・親会社からの回答が75%、上場企業が64%であった。詳細は本稿の末尾のプロファイルを参照いただきたい。
中長期的な経営戦略課題とCHRO、人事・人財部門にとっての課題
経営課題トップは「グローバルな競争優位・イノベーション創出」
まず、中長期的な視点で何が日本企業の「経営戦略課題」なのかを見てみたい(図1)。「グローバルな競争優位・イノベーション創出」を選んだ会社が68%と最も高く、続いて「事業構造・ポートフォリオ」(51%)、「先端技術を駆使した競争優位」(50%)となっている。事業構造・ポートフォリオや先端技術というキーワードも「グローバルな競争優位・イノベーション創出」に関連したものとして考えることができ、グローバルにいかにデジタル時代の競争優位を図るかというテーマが、改めて日本企業の最優先課題であることがわかる。意外なのは、ここ数年政府が改革を主導してきた「コーポレート・ガバナンス」は29%と低い位置づけであった。ここ数年、社外取締役の選任数の増加や新しい機関設計の導入など、政府主導でコーポレート・ガバナンス改革が進められているが、企業経営陣の本音は、形式的な対応と言われようが、ひとまず対応は終えたところであり、ミッション実現に向けて企業の生き残りをかけた「グローバルな競争優位・イノベーション創出」こそ重要だということだろう。
人事課題トップは「次世代リーダーの育成・登用」
続いて、こうした具体的な経営課題解決について「CHROや人事部門が取り組むべき課題」は何かを聞いたところ、「次世代リーダーの育成・登用」が82%と突出していて、「管理職のマネジメント力・リーダーシップの強化」が66%、「社員のマインドチェンジ」「社員のモチベーション向上」がそれぞれ59%と続く結果となっている(図2)。本社主導であろうが、現場主導であろうが、イノベーションにはリーダーが必要だ。これが最重要課題であるのは十分に理解できる。気になるのは、グローバル化が課題であると認識しているにもかかわらず、グローバル化に向けた取り組みについての課題感が低いことである。「グループガバナンスの強化」を課題として選んだ会社が33%、「グローバル・コンプライアンスの強化」は16%と少数である。課題感は強いものの、これは企画部や法務部の仕事であり、人事部の仕事ではないという現実があるのかもしれないが、人事部という職能の課題を聞いているのではなく、あくまでCHROという経営者の課題として聞いた結果としては、少し違和感を感じざるを得ない。
心配される自前主義と日本偏重
そもそも、グローバルガバナンスの基盤として重要なのは、企業文化を海外従業員も含めたグローバル全体に浸透させることであり、まさにCHROのミッションであるにもかかわらず、「企業文化の構築・徹底」も39%にとどまった。また、人事部の仕事になるはずの「外部からの人財確保」も36%、「社員のスキルチェンジ」も38%にとどまっている。グローバル競争に打ち勝つためのイノベーションを生み出すことを最重要課題と認識しながらも、人事領域はいまだに自前主義が根強く、今いる人たちのモチベーションを高め、今いる人たちのスキルで戦おうというわけである。社員のマインドチェンジを図り、モチベーションを向上させる、ということであるが、日本で働く日本人社員のことしか想定されていないのではないだろうか。グローバル化に対応していくために人事部門が果たすべき仕事は多くあるはずであるが、やる気のあふれる次世代リーダーを育てようという課題意識が強くても、海外現地社員も含めた施策をグローバルレベルで展開していくための組織的なインフラを構築しようといった意気込みは伝わってこない。
グローバル化への長い道のり
商品だけは国境を越え、海外売上高比率だけは増えているとか、海外の会社を買収して海外戦略を進めていく企業が多くある一方で、企業自体はグローバル化へ対応できていないというのがほぼ全ての日本企業に見られる共通の悩みではなかろうか。本社がグローバル化に向けた意識改革ができていないという指摘や、政府が主導するガバナンス改革に対応して資本市場に向けたガバナンス設計は手を打ったものの、海外拠点も含めたグループのガバナンスが脆弱なままで手がつけられていないという実情をよく耳にする。改めてグローバル化といった観点で自社のおかれている状況や方向性を質問するべく、想定した状況について「全くその通り」「ややその通り」「そうではない」「わからない」の4択で回答いただいたのが図3である。
事前に想定した通り、グローバル化への道のりは長いようである。
「次世代のCHRO候補が育っていないし、そもそも中堅・若手が海外経験できる機会が減っている。海外拠点をマネジメントできる幹部・管理職もまだ育っていないし、本社で海外現地社員を含めたグループの人事制度を構築する人がいない。その結果として海外現地社員の人事管理の実態が本社ではわからない。海外拠点の経営陣は現地社員を登用せざるをえず、事業部門によって人事制度は異なったままである。海外拠点の現地社員を、今後は本社の経営層や幹部・管理職として登用していきたいが、この状況ではできるはずもなく、経営ビジョンや企業文化のグローバル展開も自信が持てない。」
さしずめ、こういったところであろうか。
海外経験と経営経験は十分か?
なお、今回の調査では回答者自身のバックグラウンドも聞いている。こちらも、詳細は末尾のプロファイルを参照いただきたい。
回答者は役員(CHRO)が53%、人事部長21%、管理職19%とシニア層がほとんどであるが、人事部門の経験年数は15年以上が34%、10年以上15年未満が8%、5年以上10年未満が21%、3年以上5年未満が16%、3年未満が21%である。これまで人事を経験したことがない海外事業の責任者が突如人事担当役員になったとか、人事部門の不満を言っていたら「お前が人事を改革しろ」と人事責任者に任命されたという話も少なからず聞こえてくるので、3年未満の経験者という21%の中には、人事部門の経験がないまま人事担当役員になったという人も多くいるようだ。さて、ここでも気になるのは、海外経験と経営経験である。海外勤務の経験がない人ではグローバル化対応の陣頭指揮を執れないとまでは言えないが、海外勤務の経験ありが29%という数字は、やはり国内にばかり目が行ってしまうのではないかという先ほどの懸念を強くする。経営トップの経験があるかという点では、海外拠点のトップ経験ありが8%、国内拠点のトップ経験が9%と、合わせても17%にとどまり、本社部門のトップ(事業部長、部門長等)経験でも29%、トップ経験なしが54%も占めている。
海外経験については、ある大手電機会社のCFOが、「グローバル企業を標榜しているにもかかわらず、本社の経営企画部門にいる人で海外勤務の経験のある人が一人もいないという現実を知って驚いた」という話を聞いたことがある。20代の若い頃に海外留学の経験はあっても、ビジネスの現場として海外を経験していない人ばかりでは、真のグローバル化に向けた施策など望むべくもない。人事部門も果たしてそのような状況にあるのかはわからないが、こうした人事が行われていることは、人事部門の仕事の結果に違いはない。
経営経験の重要性は、なにもCHROだけの話ではない。人事担当役員はずっと人事畑で、経理担当役員はずっと経理畑、研究開発の担当役員もずっと研究開発など、日本の多くの大企業は職能別の縦割りの世界で昇進していく。少なくとも部長まではこれでもよいだろうが、Cレベルの役員層は経営者のはずである。経営者としての見識・考え方が問われるはずの経営会議も、経営トップの経験がない人ばかりが集まるのでは「大部長会議」になってしまう。部長会議と何が違うというのかわからない。部長から役員に上がるタイミングや、Cレベルの経営陣になるまでには、子会社や他社、少なくとも事業部門のトップの経験を積み、そこで実績を挙げたからこそボードに迎えるという形にならない限り経営会議は意味をなさない。
CHROは、経営理念や経営ビジョンの具現化に向け、人事面から戦略を考え実行する経営者である。自社の企業風土に応じて企業文化を絶えず向上させ、将来のビジョン達成に向けて組織・人財の将来図を描き、自らがリーダーとなって経営を担うのがCHROの最大の仕事ではないだろうか。CHROは、人事部門の延長線上で経営を考えるのではなく、あくまでお客様やお取引先、社会、資本市場といったステークホルダーと向かい合い、「ヒト」という経営資源をいかに確保し、どの分野に配分していくかという観点で企業をとらえ、そのための組織や意思決定プロセスを構築していくことが求められる。CHROの戦略実現に向けた各種提案や情報提供、そして戦略遂行のための人事機能を提供するという人事部の仕事とは、見方が全く異なるはずである。こうしたCHRO機能を発揮させるためにも、経営経験は極めて重要であろうし、人事に限らず、他の役員クラスにも経営トップを経験してもらう仕組み作りをすることがCHROの役割でもあろう。
ネックとなるのは専門人材の不足
さて、やや横道にそれてしまったが、CHRO、人事部門の取り組み課題について話を戻そう。人事部門が取り組むべき課題に対する障壁についての回答では、「人事・人財部門における専門人材不足」が53%と最も多く、「先端技術への理解とその人材不足」が32%とこれに続く(図4)。ここでも、今いる人のスキルアップが課題解決のネックであるとの認識のようだ。「人事・人財部門の権限不足」も32%と並んでいるのだが、興味深いのは、その他には大きな障壁となるものがないということだ。経営理念や企業文化が取り組みの邪魔になるわけでもなく、人事施策に現場からの強い不信感があるわけでもない。事業部門の抵抗や反発があるわけでもないようだ。人事や先端技術への専門人材が不足しているということであるが、他社から引き抜くなり、専門家育成のプログラムを立ち上げたり、社員を海外や他社に教育目的で送り込んだりなど、手は打てているのだろうか。人事主導の施策は、ともすると現場からの不満も高まりやすいということで経営陣も腰が重い、等の理由があるのかと思いきや、「経営トップの理解・支援」が不足しているのでもない。やろうと思えば、専門性の高い人さえいれば、人事部門主導で改革には取り組めるという回答結果が出ている。
データ活用・テクノロジーの導入状況
HRテクノロジーの人材も不足
海外でも近年CHROという経営者の存在がクローズアップされている背景には、人事部門の施策がデジタルテクノロジーを駆使した様々なツールによって数値化され、客観的に検証しやすくなったり、きめ細かな取り組みも自動化できるという環境が急速に広まってきたからではないかと思う。実際に、日本でも様々なHRテクノロジーというジャンルのツールが次々に市場に登場し、活況を呈している。
弊会が今年3月に開催したCHROフォーラム・ジャパンの参加者約140社のCHRO、人事部門幹部を対象にとったアンケートでも、関心の高いテーマとして「HRテクノロジー」がダントツの1位で、「人財育成・開発」「人財の獲得と従業員エンゲージメント」「社員のモチベーション向上」がこれに続く形であった(図5)。
実際に、今回の調査でも、「人事・人財部門のデータ活用やHRテクノロジーの導入状況」という設問に対して、「導入の予定はない」企業は皆無であった。もっとも、「既に導入している」企業はまだ39%であり、検討段階の企業が多い状況である(図6)。
導入の目的については、「テクノロジーを活用することによる業務の効率化・自動化」(55%)というよりは、「HRデータを活用したより高い価値(タレントマネジメント、エンゲージメントや生産性の向上など)の創出」が79%と突出しており、これまで見てきたような次世代リーダーの育成や社員のモチベーション向上に向けた取り組みを、テクノロジー導入で実現したいと考えていることがわかる。勘と経験だけに頼らない、より戦略的な人事にシフトしていくことが将来の人事・人財部門の姿と感じているようだ(図7)。
しかし、ここでも専門人材がいないようだ。HRテクノロジーの導入・活用を進めたい企業が非常に多いにもかかわらず、「HRテクノロジーの導入に向けた課題」として専門人材不足が58%と一番の課題として挙がっている。「導入や人員配置のための予算確保ができない」という企業は32%とそれほど多くはなく、むしろ費用対効果を見極めがたいとか、そもそも人員に余裕がないということが課題のようだ(図8)。
前提となるジョブ定義・スキル定義
HRテクノロジーの導入が海外で一気に広まった背景には、海外の人事はいわゆる「ジョブ型」で、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が明確だからと指摘する専門家もいる。個々人のスキルや経験してきた仕事といった個人の人事データを活用しようにも、仕事やスキルがジョブ・ディスクリプションによって明確に定義されていなければ、どこでどのような仕事ができるかといったマッチングはできないという。海外のジョブ型と比べると、日本の会社は「メンバーシップ型」であり、仕事に合わせて人を配置するのではなく、最初に人ありきで様々な仕事を経験しながら社員のスキルアップを図っていく。どちらもメリット・デメリットがあり、日本企業がジョブ型へ移行したり、そのために新卒一括採用もやめるというようなことが必ずしもいいとは思えないが、ミレニアル世代と呼ばれる若手世代も、従来型の日本的な曖昧な職場でキャリアを積んでいくことには不安もあるようだ。人事データを集積してAIが機能すれば、ジョブ定義などしなくてもうまく人事をマッチングできる時代になるかもしれないが、ブラックボックス化したAIのマッチングを信じてやる気を出せるという社員は少ないだろうし、少なくとも最低限のジョブ定義を行い、そのために必要なスキルを定義することが求められる時代に入っているのではないだろうか。HRテクノロジー導入の効果を見極めるにも、単にオペレーションの効率化や自動化であればわかりやすいが、タレントマネジメントや従業員エンゲージメントといった高い付加価値を求めようとするならば、テクノロジーが活用できるインフラ作りに取り組むことは避けられないだろう。
CHROの挑戦
今回の調査で、グローバル競争力、イノベーションが経営の重要課題となっており、CHROや人事幹部にとっても、そのためのリーダー育成やマネジメント力向上、社員のマインドチェンジとモチベーション向上が課題となっていること、そのためにHRテクノロジーに大きな期待が寄せられていることがわかった。しかしながら、人事分野、テクノロジー分野ともに専門人材がいないことから、取り組みが進められていないこと、そしてそれ以外に取り組みを阻害する要因はほとんどないという現状も浮き彫りになった。
日本企業の人事という仕事は、これまでの高度成長時代に築かれた年功序列、終身雇用といった日本型人事システムを前提に労務管理を中心とした時代が長く続いてきたこともあり、現在求められている人事部門の仕事とは、かなりのずれが生じている。現在の戦略的な取り組みを担える専門人材が不足しているということも、その結果であろう。しかし、人事の仕事やそれに求められるスキルは、海外では重要な職能として定義づけされており、求められる知識やコンピテンシーも示されている。こうした知識を体系的に学び、新しい施策に取り組んでいく経験を積むことでCHRO人材の育成も可能である。専門人材がいないということで取り組みが進まないということがあってはならない。
弊会では、このたび世界最大の米国人事教育団体SHRMと提携を実現し、SHRMの人事教育プログラムの日本版の開発に着手することになった。専門人材の不足という課題解決を支援するためにも、日本版のプログラム提供も含め、CHROという経営者の視点に立った人事部門の機能強化、専門性強化に貢献していきたい。
(日本CHRO協会 谷口 宏)
[調査の概要]
テーマ:CHROおよび人事・人財部門の現状と課題
調査実施期間:2019年1月14日~2019年3月15日
調査対象:日本企業のCHROおよび人事・人財部門の幹部
主催:一般社団法人日本CHRO協会
有効回答社数:124社
調査方法:協会が主催する「CHROフォーラム・ジャパン2019」の参加企業140社を対象にインターネットにより調査実施
2019年6月1日