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2015年9月25日 

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 国内市場の縮小を背景に、いち早くM&Aによる海外展開を図ったキリングループ。グローバルに展開する大手との戦いに欠かせないM&A。その成功確率を上げる要因は何か。キリンホールディングスCFOの伊藤彰浩取締役常務執行役員に聞いた。

CFOはM&Aのけん制機能であり「最初のステークホルダー」

──キリンビールでは、1990年代から海外ビール会社へのM&Aを継続的に行ってきましたが、これは国内市場の縮小を見越してのことですか。

 1,000億円規模の投資(M&A)は、1998年の豪ライオンネイサン(現ライオン)への投資が皮切りです。当時は国内市場に大きな縮小は見られませんでしたが、3,000億円程度の余資があり、将来の縮小を見越しての決断でした。その後、フィリピンのサンミゲルブルワリーやブラジルのスキンカリオール(現ブラジルキリン)などのM&Aを行ってきましたが、これらは国内市場が縮小することと、世界的なビール業界の再編に対応した投資です。成長戦略の一環としてM&Aを活用して事業領域や地域の拡大を図るという目的は明確でした。

──M&AにおけるCFOの関わり方はどのようになっていますか。

 大型の投資案件については、「財務担当役員との事前協議が必要」という社内ルールがあります。財務・経理部門としては、案件について①バリュエーション、②連結業績に与える影響、③税務への影響の3点を軸に妥当性の評価を行い、『事前協議書』として取締役会に報告します。

 M&Aの企画立案とディールは、ホールディングスにある社長直轄の「提携戦略担当」が担い、ここにCFOが直接絡むことはありません。組織上、M&Aに対するCFOや財務・経理の役割は、“けん制的機能"になります。しかし提携戦略担当は、ディレクターや技術系スタッフもMBAを取得し基本的な財務リテラシーを備えていますし、財務からもスタッフが派遣されています。過去には短期でディールが煮詰まり、後から財務に話が回ってきたケースもありましたが、現在は初期の段階から精緻な調査と評価に貢献する体制ができています。

──CFOのM&Aへの関わり方として、理想と現実のギャップを感じる場面はありますか。

 それはありません。重要なことはM&Aの構想段階から財務・経理がしっかり関わることですが、けん制機能を発揮しすぎてもいけません。企画部門が想定しているバリュエーションなどについて、市場環境や競合他社の状況などを材料に客観的な疑問を示し、それに対して適切な回答ができているかどうかを検証する。言わば、「M&Aを評価する最初のステークホルダー」としての機能を果たし、適正なディールの実現を促します。

事業に対する深い認識を共有し合う

──多くのM&A経験を通して「成功するM&Aの条件」について、社内にはどのような蓄積がありますか。

 私がCFOになったのは2014年3月で、その前の経理部長時代も含めて何件かのM&Aに関与してきましたが、「事前の事業調査・評価とPMIの徹底」は社内の知見として根付いているように感じます。実際、他社でも事前調査に力を入れている会社のM&A成功率は高いのではないでしょうか。それは、買収後に何かあったとしても軌道修正がしやすいということにもつながります。

 個人的な話で恐縮ですが、08年の協和発酵工業とキリンの医薬品事業の合併(現協和発酵キリン)では、私は医薬事業部門の財務責任者として合併作業に関与しました。このM&Aは、合併が国内企業同士であったこと、医薬品事業に精通した担当者が投入され、互いに事業状況を深く共有できていたことが成功の一因でした。

 この時は、外部のFA(ファイナンシャル・アドバイザー)の力も借り、製品ごと、開発のパイプラインごとに綿密な事業分析とシミュレーションを行いました。エクセルのシートで数えれば何十枚にもなるほどの作業でした。しかも協和発酵側の提案でPMIについても別の中立的なコンサルタントを起用し、早い段階から詳細なPMIに関する計画書をつくりました。例えば研究所の陣容をどうするか、研究所の統合はどうするか、企画・総務といった間接部門については、統合した場合に何人をキリンに戻すかなど、実に詳細なものでした。

──事業部門側の調査や評価活動がしっかりとしていると、財務側の関わり方にも変化が起きるのでしょうか。

 協和発酵キリンの場合は、国内かつ医薬品業界でしたので、開発パイプラインの進捗度や上市後の特許期間などから、売上規模の数値予想を行うことができました。M&A後の状況を予測しやすかったと言えばいいでしょうか。PMIもしっかりと練られ、そのPMI計画に対するホールディングからのモニタリングも開始されました。ホールディング側としても管理・フォローのしやすい案件だったと思います。逆に、新しく発足した側の会社の担当者としては対応が大変だったのですが(笑)。

 一方で、相対的に難しいのがビールや飲料などのコンシューマー部門ですね。製品ごとの見通しを積上げるといった作業が医薬品のようにはなかなか理論的にはいきません。ブラジルで2位だったスキンカリオールの買収でも、基本的には10年間のキャッシュ・プロジェクションを出してもらいましたが、事前評価段階のEBITDAは成長市場ということもあり、どうしてもかなりの右肩上がりになりがちでした。

 キリンは、アジアとオセアニアを中心に事業展開をそれまで行っていたので、スキンカリオールの時はブラジル市場を十分にウォッチしていたわけではありませんでした。しかもスキンカリオールのような“出物"はそう多くありませんので、世界中の競合が注目してビット合戦になります。

 そうした中で、事業部門がまとめたEBITDAや買収価額の根拠を客観的に問い、買収後のモニタリング体制の構築を支援するのがCFOの仕事だと思いました。スキンカリオールの時も、買収直後に外部の専門家とキリンホールディングスから派遣した駐在員と現地マネジメントが一体となり、PMI計画の策定、推進を行いました。

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M&Aと連結ROE向上には、事前の基準が必要

──グローバルなM&Aが増える一方で、ROIやROEなど投資や事業展開に関わる経営指標がいや応なく問われてきます。御社の場合、2014年12月期のROEは、前期の8.5%から3.0%へと大きく低下しました。

 ROEを要素分解して見れば、キリンは財務レバレッジと総資産回転率は国際的なレベルをクリアしていますが、いわゆる稼ぐ力を表す売上高当期利益率がグローバルプレーヤに劣っています。次期中計においてもいかに事業ごとに、売上高当期利益率を改善させ、ROE、ROAを向上させるかを今検討しています。

 しかし、より大きな目で見ると、投資額が3,000億円クラスのM&Aであった豪州乳飲料事業とブラジルキリンでまだ十分なリターンが出ていないのが課題です。ライオンの乳製品事業は原乳価格の高騰と現地大手スーパー・チェーンのプライベート・ブランドによる安売りという環境変化、ブラジルキリンの場合は、かつてのディストリビューターが自らビール事業に進出してキリンの強い北東部に工場を2つもつくって安値競争を仕掛けてきたなどの背景があり、当初予定していなかった環境変化への対応が求められました。

──そうした状況におけるCFOの役割について、どのようにお考えですか。

 ビジネス・プランやマーケティングの改善が基本で、例えば乳製品はビール事業のように在庫を持てないので、より緻密な事業計画の策定が必要です。ライオンの乳製品の場合、チョコレート海外大手の欧州のCEOだった人物を招へいし、よりきめ細かい食品事業の目線での改革を進めています。

 一方、CFOとしては、10数年前から全社的に取り組んでいるEVAによる事業評価をより徹底して行い、個別事業ごとに細かく実態を捉えて改革のポイントを提案していく必要があります。例えば、ビール事業の売上高営業利益率は豪州では25%、フィリピンでは30%以上を実現する一方、国内では10%未満の状態です。こうした中で、互いの成功例や失敗例から利益要因を探り、マーケティング部門などと連携していくのも一つの方法だと考えています。

 海外企業を買収する際、その地域で1番とか2番である企業、つまり収益性の高い企業の買収の場合は比較的成功しやすい。しかし、成長余力はあるものの、市場での地位が低く、収益性に課題がある会社を日本企業が買収し、てこ入れするのは容易ではありません。そういった意味で買収する会社のクライテリアをしっかりと持つべきだと感じています。

「実現可能な絵を描ける人材」を育てる

──グローバルなM&Aを、財務・経理の立場で支援する人材像についてお聞かせ願えますか。

 事業と資本コストの両方をきちんと見れる人、つまり経営視点を持っている人だと思います。言葉を換えれば、M&Aの成功ポイントは「実現可能な絵をきちんと描ける能力があること」だとも言えるでしょう。

 M&Aは、財務や経理に強いからできるというものではありませんし、事業の専門家だからできるというものでもありません。やはり組織の財務リテラシーを高め、財務のスペシャリストは事業視点の発想を備えていなければなりません。

 キリンの場合は、かなり以前から、そうした人材育成を進めています。例えば社内のビジネス・カレッジや経営スクールでは、さまざまなケーススタディー分析をやったり、いまのキリングループにおける課題と改善策について、マネジメントに提案させたりしています。また、MBA取得の奨励も併せて行っています。

──財務・経理部門での人材育成のハンドリングは、どのような形でなされているのですか。

 現在、国内財務・経理系には約200人のスタッフがいますが、経理部門の副部長クラスが人材育成を担当しており、その者が育成と人事構想を練り、人事部と調整しています。人事ローテーションが基本ですが、一つ悩みの種なのは、現在は仕事がシェアード・サービスに集中するようになっていて、現場感覚を身に付けにくいことです。

 その点で、非常に効果が高いと感じているのが、海外子会社への派遣です。財務・経理のスタッフは、子会社ではコントローラー的な役割を担い、総務や人事の仕事もこなさなければなりません。財務・経理が総務や人事、そして事業とどのように連携しているのかを身をもって学ぶことができます。こうした経験が経営的な視点を形成する大きなきっかけになっています。

──本日はありがとうございました。

聞き手:山田 晴信
日本CFO協会 M&A部会座長/日本CFO協会理事
元香港上海銀行在日副代表 兼 副CEO

M&A部会について
日本CFO協会は、日本企業のM&A力向上のための情報交換の場としてM&A部会を2014年に発足し、先進企業の経営者・CFOや第一線で活躍するM&Aの専門家などをお迎えして、国内外におけるさまざまなM&Aに関するコンテンツやケースをご紹介させていただき、参加者の皆様が議論をしながら相互研鑽できる場をご提供しています。
http://www.cfo.jp/study_and_interaction/ma_grp/

2015年9月25日

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