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2015年5月18日 

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「G」の次に来る「ESG」

加藤 康之

京都大学大学院 経営管理研究部 特定教授

今年(2015年)3月30日付のFinancial Timesは、アベノミクスに関して次のようなコメントを掲載している。「アベノミクスが成功した場合、将来の歴史家は『企業セクターに対する改革が決め手だった』と指摘するだろう(筆者訳)」。企業セクターに対する改革とは、もちろん、スチュワードシップコードやコーポレートガバナンスコードに代表されるガバナンス改革である。海外の投資家がアベノミクスで最も評価しているのは企業のガバナンス改革のようである。そのガバナンス改革の施策も2014年度に一段落し、2015年度はその実効性が問われることになる。ところで、このコーポレートガバナンスに注目した投資は「ESG投資」の一部と考えることができる。ESG投資とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に注目した投資のことである。この3つの項目は非財務情報として企業の長期的な成長性やリスクを評価する上で重要なファクターとして注目されている。今年4月にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が発表した中期目標において「運用の目標、リスク管理及び運用手法」の中に次のような記述が新たに加わった。「株式運用において、財務的な要素に加えて、収益確保のため、非財務的要素であるESG(環境、社会、ガバナンス)を考慮することについて、検討すること」。日本の投資の流れに大きな影響を与えるGPIFがESG投資に注目することは大きな意味を持つ。2014年度はガバナンスのGのみが注目を浴びたが、2015年度は遅ればせながらESGに拡大しそうである。

 日本のESG投資は、2000年初にSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)として注目を浴びたが、その後大きく進展せずにいる。ESG投資の原点と考えられているのがSRIであるが、この二つは同義に語られることも多い。特定⾮営利活動法⼈社会的責任投資フォーラム(JSIF)によれば、2014年12月末現在のSRI残高は9,217億円である。このうち、投資信託が2,474億円、社会貢献型債券が6,743億円となっており、債券が中心であることが分かる。一方、The Global Sustainable Investment Alliance(GSIA)によれば、世界のSRI資産は2014年初時点で約21兆ドル(約2,500兆円)と巨額になっている。しかも、2012年初に比較し約60%増加している。彼我の差は顕著である。なお、地域的な割合は、欧州63.7%、米国30.8%、カナダ4.4%、豪州0.8%、アジア0.2%となっており、欧米、特に欧州が中心であることが分かる。これは、ESG投資の原点であるSRIがキリスト教の教会による投資(投資対象からギャンブルなど非道徳的な企業を排除すること)にその起源を持つことと無関係ではないだろう。

 ところで、欧米の機関投資家はこのESG投資をどう考えているのだろうか。GSIAによれば、ESG投資資産の86.9%が機関投資家向けとなっており、機関投資家が主導する運用手法と言える。Cox&Gaya(2011)は英国の年金基金や生命保険など長期投資家の英国株式投資ポートフォリオを調べ、高いESGスコアを持つ銘柄への投資比率が高いことを示している。また、欧米の公的年金基金の多くがESG投資をそもそも投資の前提として考えるようになっている。例えば、カナダのオンタリオ州では、企業、公務員年金の資産運用におけるESG情報の利用状況開示を義務付けている(水口、2013)。ESG投資というと日本では何か特殊な投資手法と思われがちだが、欧米の機関投資家はより一般的なものと考えるようになっている。この一般化は、ESG投資のメインストリーム化、と呼ばれており、ESG投資を一般的な投資の原則として考えることを意味する。国連の責任投資原則は、まさにこのメインストリーム化を機関投資家に要請しているものである。実際、欧州のEurosifによれば、ESG投資の中でもインテグレーションと呼ばれる、伝統的な運用手法とESG投資を併せた運用手法が大きな伸びを見せている。

 さて、ESG投資のパフォーマンスはどうなっているのだろうか。ESG投資に積極的なことでも知られるTIAA-CREF(全米教職員年金・保険基金)の研究(Liao&Campagna、2014)によれば、長期的なESG投資のパフォーマンスと市場の平均的パフォーマンスとの間には統計的に有意な差がないとしている。このESG投資のパフォーマンスについては、市場平均より優っているという研究や逆に劣っているという研究の双方があり、明確な結論が出ているとは言えない。そんな状況で、なぜ機関投資家はESG投資に興味を示しているのだろうか。ESG投資を考える時、まず投資のリターンを2つに分けて考える必要がある。それは、金融リターンと社会的リターンである。金融リターンとは株価の上昇や配当金など投資から直接得られるリターンであり、一般的な意味のリターンのことである。一方、社会的リターンとは社会に貢献することによって得られる間接的なリターンである。これは、短期的には金融リターンにならないかもしれないが、CO2排出量の削減や女性に優しい職場作りなど社会的な貢献をすることにより社会的責任を果たし、長期的な企業価値向上につながると考えているのである。したがって、TIAA-CREFが指摘しているように、金融リターンが市場平均に劣後していなければ、そこに社会的リターンを加えることにより、全体としてESG投資は意味のある投資になる。さらに、ESG投資は環境問題や労働問題など財務諸表などには表れないが企業が保有する見えにくいリスクを評価するために重要な指標であり、長期的に投資リスクを低減するという評価もある。

 さて、ピケティの著書「21世紀の資本」がベストセラーになり、格差問題が大きな注目を浴びた。しかし、資本主義を前提とする限り格差の原因とされるr>g(r:資本収益率、g:経済成長率)は避けられないであろう。ESG投資による社会的リターンの追求はrの再分配であり、格差という資本主義の問題を解決し資本主義を維持するための有力な方法論の一つと考えることができる。今後ESGは機関投資家にとって重要な評価指標となることを企業は考慮しておくべきであろう。

参考文献
Cox, P, Gaya, P, “Institutional interest in corporate responsibility: portfolio evidence and ethical explanation”, Journal of Business Ethics. Volume 103(1) pp143-165, 2011
Liao,L., Campagna,J., "Socially Responsible Investing : Delivering competitive performance", TIAA-CREF, 2014
厚生労働省「年金積立金管理運用独立行政法人中期目標」(2015年4月1日),
水口剛「責任ある投資」(岩波書店、2013年)

2015年5月18日

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