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 総合商社業界の中で「万年4位」と言われてきた伊藤忠商事は、景気の追い風もあったが、総合商社のトップ争いをするところまで大きく強く成長してきた。今日に至るまでの流れについて、成長戦略、財務、IR活動、危機管理などの側面からCFOの目線でお話ししたい。さらに、2018年から新しく始動した中期経営計画についても触れていく。

伸びる株価、増える株主総会の出席人数

 伊藤忠商事は株価に対して最も意識の高い会社の一つであるから、冒頭に過去10年間の株価と株主総会の出席者数の推移から振り返ってみたい。

 株価は2008年リーマンショックで急落した後、右肩上がりで推移し、2018年にはリーマンショック時の4倍の2,000円を超え5倍に迫ろうとしている。ことに2016年からの3年間は会社のパフォーマンスに呼応して株価が上昇している。

 株主総会も様変わりしている。当社はもともと本社が大阪であったこともあり、2011年まで株主総会は大阪本社で開催しており、その後会場を大阪のホテルに移した。大阪本社最後の株主総会となった2011年の出席者数は311名、その後2017年(2,631名)まで急増を続け、2018年も2,549名の株主の方に出席をいただいた。株主の出席数が増加する中で会社経営の核心に関する質問も多くなり、2018年には上場以来初の株主提案もあった。株主総会は株主との密なコミュニケーションが図れる貴重な場である。多くの株主に出席していただくことでより充実したものになると思いながら日々の仕事に取り組んでいる。

繊維に始まった160年の歴史

 これらを踏まえて、伊藤忠商事の歴史を概観してみる。伊藤忠商事の創業は1858年(安政5年)、2018年で創業160年となる。創業が麻布の持ち下り(商品携帯出張卸販売)であったので1950年代までは繊維を中心に、1950~1960年代は脱・繊維、総合化に向かった。その後、商社冬の時代、商社不要論という厳しい経営環境にありながら徐々に業容を拡大してきた。例えば当時は、鉄鋼分野への取扱いが可能となり、電力への道も拓くなど、糸偏商社からの脱皮がこの時期の至上命題であった。

 経営とは常に「自分たちがどこでアピールできるか。どこで一番になれるか」を、模索し続けていかなければならない。1970~1980年代に至るところまでは、売上高ナンバーワンという規模の拡大を目指しながら総合化を図り、当時は浮き沈みはあれど、ガンガン攻める。伊藤忠商事が野武士集団と評される一端はこうしたところにあったのだと思う。

 さらにバブル崩壊後の1997年からの「経営改善策」によって、不良債権、不稼働資産の徹底的な除去、健全化を行うことで、徐々に財務体質の強化が進んでいった。同時に今に続くディビジョンカンパニー制度も導入し、そうした中で足腰が強くなっていった。2003年の固定資産の早期減損適用後、2000年代後半あたりから連結純利益の規模が連結ベースで2,000億円を超えるレベル感となり、2010年「Brand-new Deal」を掲げた岡藤・現CEOが経営を担うようになって以降は、収益レベルは本格的に大きく伸びていった。

 当社の現状は、脱・繊維で伸びてきたところを逆に(収益ボラティリティの低い)生活消費分野に回帰したり、数字の大きさだけではなく効率を求めるなど、従来とは異なる「慎重」「着実」な経営でマーケットからの評価をいただいていると、CFOとして私は考えている。

 また、業界のリーダーたり得る顔の見える強いリーダーシップを持った歴代CEOが伊藤忠には登場している。強いリーダーによるトップダウン経営の歴史がある。今に続くディビジョンカンパニー制の導入は、強いCEOの権限を分散統治して、意思決定を迅速化していく流れをつくった。そうした中で今の伊藤忠商事が持っているポートフォリオのバランスをつくることができたのだ。

2018年9月18日

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