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2017年10月16日 

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英国、このしたたかな国

久原 正治

久留米大学理事
昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員

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    ①ユニオンジャックの矢
    -大英帝国のネットワーク戦略

    寺島実郎
    NHK出版 2017年7月

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    ②Empire: How Britain Made
    the Modern World

    Niall Ferguson
    Penguin, March 2009

 梅棹忠夫によれば、産業革命が世界の中心にあった4大文明圏ではなく英国という世界の中心から離れた島国で生じ、それが非西洋国では極東の島国日本において少し遅れて生まれたのは、両国が大陸からの侵略を避ける一方で、大陸の文明を導入するのに程よい距離にあったことに主たる理由があるとされる(梅棹忠夫『文明の生態史観』中央公論社、1998)。日本と英国は地球の両端でほぼ同じような環境に置かれ、工業化の成功や、議会民主制で立憲君主制をとることなどの共通項がある。しかし、現時点で両国の世界への影響力を見ると大きな隔たりがある。大英帝国は没落したが、GDPと人口で上回る日本よりもはるかに影響力を持つ国家として、英国はしぶとく生き延びている。

 寺島は、40年以上にわたり英国を定点観測してきた経験と知識をもとに、英国の潜在力の源泉は、旧大英帝国の国や地域を緩やかにつなぐ金融や情報のネットワーク力にあるとする。シティ─ドバイ─ベンガルール(インド)─シンガポール─シドニーを結ぶラインを、寺島は「ユニオンジャックの矢」と名付け、この固く結ばれた矢をつなぐエンジニアリング力(多様な人材を活用して課題解決に向かう全体知)に、英国の強みがあるとする。本書で寺島は、400年に上る時間軸の中で日英の関係を相対化し、軍事や産業面での覇権を完全に喪失し表面は衰退化したように見えながらも、過去の植民地関係を金融を中心とするソフトパワーとネットワーク力の中に温存し、その影響力を維持して現代に生きる英国を、生き生きと描いている。

 私自身、1980年ごろに英国のマーチャントバンクの傘下でサウジアラビアの現地銀行に属し情報とエンジニアリングを提供するグループの中に、日本の銀行から派遣され働いた経験がある。そこでは、英国人の幹部が米国や他の国々からの専門家を率いて、英国法や欧米流の財務管理に裏打ちされた専門性と世界に広がる人脈により、日本の金融機関ではできないような金融サービスを提供し、大きな付加価値を得ていた。当時ドバイは中東における物資集散の大きな港程度の存在であったが、今や巨大な金融・情報・観光の中心となり、英語と英国法のプラットフォームの下でさまざまな開発プロジェクトが稼働し、寺島の主張にもあるように、ラグビー、サッカー、テニス、クリケットなどのスポーツや音楽など、共通の文化の下で現場のコミュニケーションも円滑に運ぶ存在になっている。

 英国のEU離脱についても、シティが実体経済とリンクした産業金融の中心から、フィンテック型金融サービスなどシャドー型の金融企業の中心になりつつあることが無関係ではないとする。金融危機以降EUはさまざまな形で金融規制を強化している中で、シティがこれを嫌ったことがEU離脱の伏線になっていると寺島は指摘する。

 寺島の深い歴史的思考と幅広いグローバルな経験で英国の現代史とそのグローバルな影響を俯瞰した本書は、日本の今後を考えるのに貴重な材料を多く提供しており、グローバルな場で仕事をすることの多い日本のビジネスパーソンにお勧めの本である。

 このような刺激的な著書に触れると、どうしても大英帝国の歴史の経済社会的側面に興味を持たざるを得ない。そこで、そのような洋書はないかと探していたところ、現在英国歴史の学者として最もポピュラーで、ロスチャイルド家やウォーバーグ家の歴史書や、邦訳もある『貨幣の歴史』など金融史の著書も多いファーグソン(ハーバード大学教授)の著書『Empire』に行き着いた。

 ファーグソンの興味は、小さな島国英国がなぜ世界の4分の1を支配する大帝国を築くことができたのかと、その帝国主義的支配は本当に歴史的に悪であったのかの2点にある。そこで、島国の小国である英国が、海賊、植民者、布教者、宣教師、植民地統治役人、銀行家などの一種の略奪者たちによる、東インド会社の富の収奪、植民地の奴隷市場、プロテスタンティズムの布教などを通じて4大陸に進出し、大英帝国を築き、その帝国が20世紀に衰退するさまを挿話を交え具体的に描く。もちろん、植民地帝国主義には奴隷制度や富の収奪等のマイナス面が数多くあったことをファーグソンは認めている。一方で、それがグローバリゼーションの下の世界に自由貿易や労働力や資本の自由な移動、税制を含む近代資本主義の制度、取引基盤となる英国法、議会制民主主義、公用語としての英語、プロテスタンティズムの宗教といった制度を確立することで、世界に影響力を残したことを肯定的に述べている。国の優位は制度的影響力の優位に基づくというのがファーグソンの歴史記述の基礎にある。

 現代の英国は金融以外に目立つ産業を持たない西欧の一国となったが、世界の共通言語としての英語、議会制の自由民主主義の下での近代資本主義のインフラを提供し、グローバルな情報伝達の基礎となっている。このようなインフラ制度は、英国の植民地主義の帝国建設なしには世界に広がらなかったことは間違いない。産業国家日本の優位が中国に取って代わられた現在、日本が同様のソフトパワーでアジアに影響を及ぼすことがどこまでできるのか、寺島の提起する課題は我々に重くのしかかる。

2017年10月16日

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