2024年12月16日
事例に学ぶデジタル活用の処方箋・二章
富士通磯部CFOが語るデータドリブン経営実践事例
~CFO Executive Exchangeサマリーレポート~
中野 浩志
SAPジャパン株式会社
早稲田大学大学院非常勤講師
一般社団法人日本CFO協会主任研究委員
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2024年10月10日に、富士通株式会社代表取締役副社長兼CFO磯部武司氏(以下磯部氏)をゲストスピーカーとして迎えて、CFO Executive Exchangeを東京ミッドタウンカンファレンスで開催した。各業界を代表する15名のCFOが集まり、「サステナブルな企業価値向上に向けたCFOの役割」をテーマに、実践事例共有や双方向の意見交換が行われた(図1)。
本稿では、ご参加いただいたCFOの皆様から高い評価と共感を得た富士通磯部氏の「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」講演概要の共有およびコーポレートトランスフォーメーションに関する富士通/SAPの共通点について考察する。
富士通における「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」(磯部氏ご講演要約)
富士通グループは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを掲げており、2030年のありたい姿の実現に向けて3年後にどうあるべきかを考えて中期経営計画を立案推進している(図2)。
目指す姿に向けて4つの重点戦略を推進しているが、CFOのミッションは企業価値の持続的な向上と考えている。
企業価値向上のサイクルをつくるために最も重要な要素が、企業活動を表す大量のデータであり、データに基づいてビジネスの次の一手を打つデータドリブン経営を目指している(図3)。
ここまでが目指す方向性であるが、ここからは現実の世界を紹介する。
まず、2010年頃に整理した社内業務システムの実態である(図4)。富士通の従業員は、ITに関しては優秀であるので、様々な業務プロセスごとに最適な社内システムを構築した。これは、かゆい所に手が届く素晴らしいシステムであるのと同時に、富士通グループ内に4,000を超える個別ルール・個別プロセスが組み込まれた業務システムができあがってしまう悲劇にもなった。
決算に関しては最後に帳簿をつくる必要があるため、このバラバラさ加減を統合する仕組みを整備した(図5)。
しかし、入力インターフェース経由でのバッチ処理でリアルタイムでの情報連携はできておらず、決算処理に不要なデータは削ぎ落とされてデータウェアハウスには限られた情報しか格納されなかったため、管理会計といっても表面的な分析しかできなかった。
予算や計画のプロセスも、左端のシステム群からExcelによるバケツリレーで集約、リードタイムは長くなり、鮮度と精度に欠けた情報の中で意思決定せざるをえない状況であった。
当時はテクノロジーやコスト面の制約でやむをえない選択であったが、目指す姿に向けて大きく舵を切ったのが現在進行中のプロジェクトである。
富士通が目指すデータドリブン経営
目指す所はデータドリブン経営、データを全ての中心に据えた経営基盤の変革プロジェクトである(図6)。
データドリブン経営の要諦は「データ」であり、経営判断には、リアルタイムで収集され、網羅的で、標準化されたデータが不可欠になる。
そして、リアルタイムに蓄積された膨大なデータをもとに、AIによるシミュレーションでヒトが見いだせなかった洞察を素早く導き出し、マネジメントダッシュボードで可視化、経営判断に繋げていく世界を目指した。
データドリブンに繋がる業務プロセス基盤をつくる上での方針は3点になる。
・ルールとプロセスの「標準化」
・そして「シンプル化」の徹底
・それを「グローバルワンインスタンス」のシステムで行う
特にグローバルワンインスタンス(1つのERPをグローバルで共通利用するシステム構成)の実現は、大変困難であることが明確で、覚悟が必要であったが、トップの判断で決めた。このシステムのベースがSAP S/4HANAである。
この難易度の高いプロジェクトを進めるためには、組織軸と業務軸でガバナンスを強化することが不可欠であった。
データドリブン経営に向けたガバナンス体制
従来は事業軸・縦方向(図7)のサイロでの発想が中心であったが、今回は全社視点での取り組みのため、業務軸・横方向を主軸にデータとプロセスの標準化とガバナンスを考えて臨んだ。
業務軸グローバルガバナンスの仕組みとして、データ&プロセスオーナー(DPO)を配置して権限と責任を明確化した。
経営判断を支援するマネジメントダッシュボード
財務指標に関するダッシュボードとして最初にスタートしたのは、商談パイプラインのリアルタイムデータの可視化である(図8)。このパイプラインデータをもとに、AIによる受注着地予測を行いマネジメントに繋げている。
また、非財務指標として、お客様NPS、従業員エンゲージメント、GHG排出量、女性幹部社員比率、生産性などの可視化を進めており、財務・非財務の因果関係分析にも取り組み始めている。
コーポレート機能変革の推進:3 pillar model(CoE/FP&A/SSC)の導入
データドリブン経営の実践に向けてコーポレート機能変革も進めている。
例えばファイナンス組織は地域や会社ごとに機能がバラバラであった。この会社単位の体制を見直し、ファイナンスの機能をCoE/FP&A/SSCと3つに分類してグローバル横串で再配置を進めることで(図9)、ファイナンス組織をデータ分析、戦略立案、業務変革を推進する機能にシフトさせている。
ここまで様々な取り組みを紹介してきたが、進めていく過程には多くの高いハードルがある。その課題は現場だけで解決できないものも多く、トップダウンでの実行を強く意識してここまで進めてきた。
変えていくためには、我々トップマネジメントが決めることが何より大切であると実感している。
企業価値向上への取り組みと考え方
富士通では、3年間の中計期間でキャピタルアロケーションのポリシーを設計している。
既存の継続事業で得られるベースキャッシュフロー、それを次の成長に繋がる成長投資と、資本効率を意識した株主還元にアロケートする枠組みがベースとなる。データを活用して持続的な利益成長と資本構成の最適化が実現できれば、財務指標は最適化して企業価値向上に繋がる。
データドリブン経営とは、そういう世界を回し続けるということであり、まだデータドリブン経営に向けた旅の途中と考えている。
日独2社(富士通・SAP)──コーポレートトランスフォーメーションにおける共通点の考察
CFO Executive Exchangeでは、富士通磯部氏の講演の後、SAP CFOのドミニク氏より全社およびCFO組織内での変革実践事例の紹介があり、パネルディスカッションでは、富士通・SAP両社の変革実践事例を深堀りする形で、ご参加いただいたCFOからの質疑応答を含めた活発な意見交換が行われた。
SAPの変革実践事例内容については割愛するが、グローバルに事業展開する富士通・SAP日独両社のコーポレートトランスフォーメーションには多くの共通点があった。
共通点から示唆や学びがあると期待されるため、主なポイントについて紹介したい。
●北極星の明確化
両社ともにパーパスを起点に、ありたい姿を描いて戦略施策に落とし込んでいる。企業の存在理由と価値観・信条は、海外現法との制度含めた仕組みの統合・標準化を進める上での基本的な原動力となっているといえる。
●コーポレートファンクション横断での高度化
両社ともにCFOが中心となりCXOsが全体感を持って横連携し、様々な分断を乗り越えながら各コーポレートファンクションを巻き込み、エンドツーエンドで変革を推進している。
●グローバル組織化
各国・各法人単位で最適化していた経理機能を、法人の枠組みを外して①FP&A(ビジネスパートナー機能)/CoE(専門エキスパート機能)/SSC(シェアードサービス機能)の3つに分類して再配置。合わせて指揮命令系統も法人の枠組みを外してグローバル機能軸に行列変換している。
●データ&プロセスガバナンス
国・組織横断でデータ・プロセスの標準化・自動化を推進する強力なガバナンス体制を整備。そして、プロセスモデリング・プロセスマイニングなどのテクノロジーを活用して標準化を強力に推進している。
●グローバルワンインスタンス&フィットツースタンダード
SAP標準を最大限活用した1つのERPをグローバルで共通利用。標準システムの共通利用を通して標準ルール・プロセスが遵守されると同時に、データドリブン経営に必要なデータの均質化を推進している。
●グローバルグレーティング
グローバル全体でのジョブ/ロールの定義、同一基準での評価制度を整備している。
●FP&A機能の強化
データを活用した経営意思決定への貢献に向けて、人材育成・テクノロジー活用の両面でFP&A機能の強化を推進している。
上記FP&A機能の強化に関して、SAPのFP&A改革およびSAPジャパンCFOのFP&A変革前後の体験共有は下記YouTube動画より参照可能である。
【CFO の変革体験共有】SAP のデータドリブン経営 / FP&A 機能高度化の軌跡
本稿では、富士通が実践しているデータドリブン経営を紹介した後、富士通・SAP日独2社のコーポレートトランスフォーメーション推進上の共通点について考察した。
グローバルワンカンパニー(多数の会社があたかも1つの企業内であるかのように振る舞う)を目指している両社であるが、その土台となるのは、ERPを中心とした全社共通業務基盤であり、その実現の鍵を握るのは、境界を越えて機能するCFO、HR、IT組織であるといえる。この全社共通基盤は、将来の大きな変化に柔軟に対応する土台になり、最適なポートフォリオの組み換えやスムーズなPMIを推進する基盤として機能することが期待される。
各社の置かれている状況により、必ずしも両社の取り組みが参考になるわけではないが、先行事例を1つの型として捉え、データドリブン経営およびコーポレートトランスフォーメーション検討・推進のヒントおよび一助になるようであれば幸いある。
*:ERPについては10月初旬に本稼働後、最初の月次決算を迎えて11月12日現在おおむね順調に稼働。年末の四半期決算、3月末の年度決算、海外展開に向けたプロジェクトは引き続き進行中。
2024年12月16日