2015年3月17日
アベノミクスの真価を問う「3つのガバナンス」問題
磯山 友幸
経済ジャーナリスト
元日本経済新聞記者
日本取引所グループの斉藤惇CEO(最高経営責任者)は年初の大発会で挨拶に立ち、こう語った。
「これまではアベノミクスへの期待を中心とした相場だったが、これからは内容と実績が厳しく検証される。真の価値が評価される」。
市場関係者の間から「年内に日経平均株価2万円」という声が上がっていた期待先行のムードを、内実こそが大事だと戒めたのである。
2月中旬、日経平均株価は1万8,500円を超え、14年10カ月ぶりの高値を付けた。アベノミクスに伴う円安によって企業業績が大きく改善、ベースアップなどによって消費も底入れする。そんな期待から海外投資家が買っているという解説が流れた。
では、この株高は斉藤氏が戒めた期待中心ではなく、アベノミクスの改革によって生み出される価値を評価したものなのか。
昨年来、海外の年金基金など長期の資金を運用する機関投資家は、アベノミクスの改革姿勢を占う試金石として注目してきたものがある。「3つのガバナンス」問題だ。
ガバナンスの1つはコーポレートガバナンス。企業の収益性を高めるためにガバナンスを強化しようという安倍晋三内閣の成長戦略のひとつだ。スチュワードシップ・コードに続いて、コーポレートガバナンス・コードを導入する作業が進んでいる。
もう1つは、安倍首相自身が「岩盤規制」の代表だという農業問題のガバナンス改革。地域の農協に対する監査・指導権限を持っていた全国農業協同組合中央会(JA全中)の解体が焦点だ。
そして、3つ目が130兆円にのぼる運用資産を持つGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のガバナンス問題である。政府からも独立した運用専門家による合議体に変えられるかどうかが問われている。
海外投資家が日本企業のコーポレートガバナンスに注目するのは分かりやすい。非効率で低収益の日本企業の経営が変わり、政府が掲げるようにROE(株主資本利益率)を国際標準並みに引き上げることができれば、間違いなく株価は上がる。
すでにコーポレートガバナンス・コードの概要は固まり、東京証券取引所が上場規則を見直して、ガバナンス強化が促される。これにどれだけの企業や投資家が真面目に取り組み、本当に利益率が上がるかどうか、それは現段階では分からないが、企業経営者の意識が変わってきたことだけは間違いなさそうだ。
農協改革に投資家が注目するのは、日本の構造改革にどれだけ本気で安倍政権が取り組んでいるかを示すから。「農業」「医療」「雇用」「エネルギー」を岩盤として掲げ、その改革を打ち出しているが、なかなか成果が上がっていない。JA全中問題はその本気度を示す象徴的な存在になったのだ。
当初、JA全中や自民党農林族の反対が強かったが、安倍政権はその抵抗を押し返し、JA全中から監査権限を分離し、一般法人化する法案を国会に提出することを決めた。とりあえず、安倍内閣としては改革姿勢をアピールすることができたと言ってよいだろう。
最後のGPIFに海外投資家が着目するのには大きな理由がある。現在の独立行政法人では、政府が任命する理事長が全権を握り、運用方針は政府によって大きく左右される。安倍内閣はGPIFの運用を国債中心から株式に大きくシフトさせてきた。
逆に言えば、政治の意思で、株を売らせて国債にシフトさせることもできるのだ。専門家の合議制ならばそんな方向転換は簡単には起きないが、政権の意思で動かせる体制では、いつ方針が変わるか分からない。そんな「リスク」が残るのだ。
経済情勢や国際関係などの一般的な条件ではなく、政府の意思で決まるとなると、そのリスクは読み切れない。そんな市場を海外の機関投資家は嫌うのだ。
3つのガバナンス問題は今のところ、1分け1勝1負といった格好だ。これで本当に海外投資家が日本株を長期投資として買ってくるのか。アベノミクス1年目は改革期待から15兆円に達した海外投資家の買い越し額が、昨年はわずか8,526億円にとどまった。1月以降の上昇相場ではむしろ売り越しに転じている。
株価の上昇は内容と実績を伴っているのか。厳しく検証する時に来ている。
2015年3月17日