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2015年2月16日 

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経営と財務:ネスレのケース

砂川 伸幸

神戸大学大学院 経営学研究科 教授
京都大学経営管理大学院 客員教授

ネスレ・グローバル

 スイス国立銀行による為替管理政策の変更を受けて、対ユーロでスイスフランが急騰した。スイスフランが高く評価されるのは、スイスの国力が強いからである。現在、ソブリン格付は最上級のAAAにレーティングされている。スイスは、戦前から国や政府がデフォルトをしたことがない。プライベートバンクが有名で、金融が強いという事実もある。しかし、金融や財務だけで国は富まない。事業が金融や財務と結びついて、価値が生まれる。社会との協調も必要である。

 スイスを代表する事業会社といえば、ネスレである。1866年にアンリ・ネスレがミルク製品から始めた企業は、いまや世界最大の食品・飲料メーカーになった。同社は30万人を超える社員の95%以上が海外(スイス以外)で働くという真にグローバルな企業である。2013年度の売上高は922億スイスフラン(日本円で約9兆7,700億円)、営業利益は140億スイスフラン(約1兆4,900億円)、純利益は100億スイスフラン(約1兆600億円)。売上高営業利益率は15%を超える。過去10年間のオーガニック・グロースの平均は6.1%である。オーガニック・グロースとは、為替やM&Aなどの要因を調整した実質的な売上高の伸び率をいう。ネスレは、持続的な成長と高い利益率の双方を実現している財務的に優れた企業である。その本社は、人口が1万人ほどしかいないスイスのヴェヴェにある。

 ネスレ日本株式会社の本社は神戸にある。ネスレ日本の代表取締役社長兼CEOである高岡浩三氏は、神戸大学経営学部の卒業生で、私の先輩にあたる。同社には、神戸大学社会人MBAで学ぶ社員の方もおられる。そのようなご縁もあり、2014年10月5日に、現代経営学研究所の主催で「グローバルと現地・経営と財務管理:ネスレ日本に学ぶ」というワークショップを行った。目的は、ネスレの経営とファイナンス部門の役割について学び、今後の経営に活かすことである。その内容について、2回に分けて紹介させていただく。

ネスレ日本のCFO

 ネスレ日本のCFOであるトーマス・ケラー(Thomas Keller)氏は、スイスの出身である。大学卒業後ネスレに入社し、スイスで勤務した後、アジア・オセアニア圏で約20年間財務関係の仕事をしている。2014年春に来日して、ネスレ日本のCFOに就任された。日本で仕事をするのは初めてだが、日本企業や日本のビジネスについては、勉強する機会が多かったという。

 ケラー氏は、日本語をほとんど話さないが、ネスレ日本の仕事にはまったく支障がない。IFRSに則ったグローバル共通のネスレ会計原則(Nestlé Accounting Standard)があるため、来日してすぐにネスレ日本の財務状況を理解されたともいう。

 当初は、高岡さんにネスレのグローバル戦略とネスレ日本のマーケット戦略についてお話しいただき、ケラーさんには、ファイナンスについて話していただく予定であった。ところが、高岡さんが都合によりワークショップに参加できなくなった。ワークショップ当日は、CFOのケラーさんが、CEOの高岡さんのパートを担当された。ケラーさんの担当パートは、財務管理本部の中岡誠執行役員にお引き受けいただいた。中岡さんも経営学部の先輩である。

 十分な準備時間などなかったはずだが、ケラーさんはネスレの経営戦略とネスレ日本のマーケット戦略を分かりやすい英語で話してくださった。CFOはCEOが話すことを理解していなければならない。経営戦略やマーケット戦略を知っていなければ、CFOは務まらない。そのことを実感させてもらった。グローバルな経済情勢に詳しいことも印象に残っている。終始笑顔でアクティブなプレゼンテーションであった。

共通価値の創造(CSV)

 図1は、ワークショップで使用されたネスレの紹介パネルである。

 “Good Food、 Good Life”を謳い、financial performanceでも認められることを掲げている。図2は、ネスレの経営に対する考え方である。同社の経営の根底には、コンプライアンスがある。その上に持続可能性があり、最上位に共通価値の創造がある。Creating Shared Value(CSV)といわれる同社の価値に対する考え方は、経営学の大御所であるマイケル・ポーター教授が推奨している。DIAMOND・ハーバード・ビジネス・レビューの2013年3月号には、高岡さんの寄稿もある。最近では、日本でも認識されつつある。

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 CSVはCSRと比較される。ケラーさんによると、CSRは企業主導になりがちで、企業の利益(経済性)がCSR持続(社会性)の条件であるという。一方、CSVでは、企業と社会が協調して価値を生み出し、その価値を分けることが重要になる。社会的価値と経済的価値が両立して、持続的な利益をあげる条件がそろう。ネスレは、CSVをグローバルな最上位概念として、経営と財務を行っている。

 ネスレ日本は、デフレ、人口減少、高齢化が進む日本市場でCSVを実践する必要がある。飲料・食品メーカーにとって、非常に困難な環境である。市場が成長していれば、経営の失敗が市場に助けられることがある。今後の日本では、そのような偶然はない。ケラーさんは、日本の市場に対する見方を「危機」という日本語で表現した。彼は、「危」をリスク、「機」をリターンやチャンスといった。そういえば、留学したアメリカのビジネススクールでも同じことを聞いた記憶がある。戦略では、リスクとリターンを見極めることが重要である。ファイナンスは、リスクとリターンの関係を研究してきた学問である。経営には、両者が必要なのである。

 課題やリスクがあれば、ビジネスチャンスがある。今後、世界の各マーケットが日本のように成熟化してくる。日本市場で成功したビジネスモデルは、グローバルなビジネスモデルになる。このような考えの下で、Nestlé本社とネスレ日本は、グローバル戦略と現地戦略に取り組んでいるという。理念や基本方針は本社が定め、マーケット戦略はネスレ日本が主導しているということである。

ハウス食品のあいファクトリー

 CSVに関して、ハウス食品グループの特例子会社「ハウスあいファクトリー」の事例を紹介しよう。ハウス食品グループは「食でつなぐ、人と笑顔を。」を謳う日本企業である。同グループでは、障がいをもつ人々の雇用に取り組んでいる。当初は、CSRという位置づけであり、工場のラインの一部で働いていたそうだが、2009年12月にハウスあいファクトリー(株)として独立した。ハウスあいファクトリーでは、製造部門の8割が障がい者社員とパート社員である。設立当時は赤字だったが、2011年3月期から4期連続で営業黒字を達成している。そのため、社員のみなさんは、やりがいをもって業務に取り組んでいる。自身の業務が価値を生み出しているのである。社会と企業の双方が共通価値を創り出し、事業を持続している。CSRからCSVになった好例といえる。

2015年2月16日

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