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CEF INSIGHTS

2026年6月1日 

生命体から考える会社
第3回 会社という生命的組織
─何を食べ、どう動き、どう休むか─

谷口 宏

株式会社CFO本部 代表取締役社長

 前回は、人を動かすエネルギーの流れについて考えた。人の内側から「情」が湧き上がり、その情が他者へ向かうと「愛」になり、さらに社会へとつながると「志」になる。こうしたエネルギーによる行動の積み重ねが個人の人格をつくる。

 では、こうした人が集まってできた「会社」は、生命体として何をしているのか。どのように存在し、どのように健康を保ち、どのように弱っていくのか。

 今回は、会社という組織を人体に重ねて考えてみたい。ただし、心臓は企業のどの機能、脳はどの部門、といった対応表を精緻につくることが目的ではない。それをやり始めると、例外や反論が際限なく生まれて本質を見失ってしまう。ここで伝えたいのは、人体という生命体が持つ構造を手がかりに、会社という組織を見直すことである。

会社には肉体と魂がある

 人間について考えるとき、我々はしばしば「身体」と「心(魂)」を区別する。身体とは、目に見え、触れることができる物質的な存在だ。一方、心あるいは魂とは、その人の本質であり、何のために生きるのかという存在の意味そのものである。これは会社にもそのまま当てはまる。

 会社の「肉体」とは、人材・資本・設備・システムといった物質的な資源と、それを機能させる組織の仕組みである。一方、会社の「魂」とは、経営理念であり、その会社がなぜ存在するのか、何のために価値を生み出すのかという存在の意味そのものだ。

 肉体がいかに健康であっても、魂が失われた会社は機能しない。財務的に健全で組織体制が整っていても、なぜそこにいるのかがわからない組織は内側から力を失っていく。逆に、魂が明確に宿っている会社は、多少の肉体的な不調があっても強い回復力を持つ。

 経営理念は、スローガンとして壁に貼られ形骸化することが多い。しかし、魂とは宣言するものではなく、日々の判断と行動の中に宿るものである。それが失われた会社を、私たちはいくつも見てきた。

会社という身体の器官たち

 肉体と魂を区別したうえで、肉体の側、すなわち会社の器官について考えていきたい。

 「脳」にあたるのは情報処理と分析の機能である。ここで重要なのは、脳は「考える」器官であって「決める」器官ではないという点だ。前回述べたように、人間の最終的な判断は脳だけで下されるのではない。腸内細菌に裏付けられた気質や性格、そして魂が、判断の本質的な部分を担っている。脳はその材料を提供するにすぎない。会社においても、経営企画・管理会計・データ分析は情報を整理し選択肢を示すが、最終的な判断は組織風土(腸)と経営理念(魂)によって下される。「データが揃っているのに判断が遅い」組織の問題は、脳ではなく風土と魂の問題ではないだろうか。

 「心臓」にあたるのは、情報と社内外のコミュニケーションを循環させる機能である。会社における「血液」とは情報だ。現場で起きていることが経営に届き、経営の意図が現場に届く。投資家との対話、顧客からのフィードバック、社内の報告と相談など、こうした情報の循環全体が心臓の機能にあたる。血行不良が身体の末端を冷やすように、情報が滞ると組織の末端は孤立し、経営は実態を見失う。

 「腸」にあたるのは、組織風土である。前回詳しく論じた通り、腸内細菌が人間の感情・気質・判断の質に影響を与えるように、組織風土はそこで働く人の行動の質を深いところから規定している。

 「免疫」という仕組みにあたるのは、内部監査・法務・コンプライアンスといった機能だ。平時には目立たないが、機能しなくなったときに初めてその重要性が認識される。免疫が弱った身体が感染症に無防備になるように、この機能が形骸化した組織は不祥事に対して無防備になる。

皮膚は内側を映す鏡である

 ここで、体の器官とは別に「皮膚」の話をしたい。皮膚について、多くの人は「外側を守るもの」として捉えている。しかし皮膚の役割は、それだけではない。

 皮膚が荒れたとき、多くの人はまず皮膚そのものに問題があると考える。保湿クリームを塗り、皮膚科を受診し、外側から対処しようとする。しかし皮膚は内側の状態を映す鏡だ。肌荒れ・湿疹・くすみ・吹き出物、これらは皮膚そのものの問題ではなく、内臓の疲労、腸内環境の乱れ、毒素を排出しようとする身体の反応として現れていることが多い。皮膚は、外から見えない内側の状態を、外に向かって語っているのだ。

 だから、皮膚の状態を注意深く見ることは、内側の状態を読むことにつながる。外側を整えても内側が変わらなければ症状はまた現れる。内側を整えれば、皮膚は自然と変わっていく。

 会社においてブランドは、この皮膚にあたる。ブランドとは広告や広報活動で作り上げるものではない。企業の内側、すなわち理念の強さ、組織風土の健全さ、働く人の志の質が自然に外側に滲み出てきたものがブランドである。

 優れた企業のブランドが長年にわたって輝き続けるのは、内側が健全だからだ。逆に、ブランドが突然傷つく企業には、必ずその前に内側の問題があった。不祥事や不正が表面化したとき、「あの会社がなぜ」と驚く人は多い。しかし内側を注意深く見ていた人には、予兆が見えていたはずだ。ブランドの傷は、内側の病が外に現れたものである。だとすれば、ブランドを守りたいなら、外側ではなく内側を整えることが先決だ。

 これらの器官は互いに支え合っている。脳(分析)がいくら優れていても、腸(組織風土)が乱れていれば判断は歪む。心臓(情報循環)がいかに機能していても、魂(理念)が失われていれば、循環する情報に意味が宿らない。人体の健康が1つの器官だけで決まらないように、会社の健康も全体のバランスによって保たれる。

「食事」──何を取り込むかが、会社をつくる

 器官の構造を理解したうえで、次に問うべきは「その身体をどう維持するか」である。第1回で述べた通り、人の健康を支えるのは食事・運動・睡眠という3つの習慣であり、これは会社の健康にもそのまま当てはまる。

 まず食事から考えたい。人間は食べたものでできている。しかしここで言う「食べるもの」は口に入る食物だけではない。日々読む本、付き合う人、触れる情報など、取り込むすべてのものが人間の内側をつくる。「朱に交われば赤くなる」という言葉はまさにこのことだ。尊敬できる人の近くにいると自分も成長し、質の低い情報だけに触れていると判断の基準が歪んでいく。

 では、会社にとっての「食事」とは何か。資本・人材・情報の取り込みである。どのような投資家から資本を受け入れるか。どのような動機を持つ人材を迎え入れるか。経営者が日々どのような情報に触れ、誰と対話しているか。これらが積み重なり、組織の判断基準と風土を形成していく。「お金に色はない」と言うが、短期回収を求める資本を多く受け入れれば経営判断は自然と短期化し、使命に共鳴した人材が集まる組織は困難な局面でも内側からエネルギーが湧く。取り込むものの質が、会社の内側をつくるのだ。

 食事の質を考えるとき、農業の視点は非常に示唆に富む。私たちの食べ物は土壌からできている。土壌の質、含まれるミネラル、微生物の種類と多様性が、そこで育つ作物の質を決める。地方の名産品とは、その土地の土壌と気候と微生物が生み出したものであり、人工的に再現できるものではない。

 しかし現代、農薬と化学肥料の普及によって土壌内の微生物の多様性も大きく変わってきた。全国どこでも同じ作物が育つようになった一方で、その土地が持つ固有の生命のバランスは少しずつ失われ、食べる人間の腸内細菌の多様性もまた影響を受けている可能性がある。

 この連鎖を会社に重ねると、均質化された資本・人材・情報の取り込みは、組織の風土を均質にしていく。「尖った人材がいない」という悩みを多くのCHROから聞いてきた。しかし尖った人材がいないのではなく、尖ることを良しとしない評価の運用が採用と育成の段階で均質化を生み出しているのではないか。土壌が作物の質を左右するように、会社の食事が組織の風土をつくり、その風土が、そこで働く人の情の質に影響を与える。

 あなたの会社はどのような食事をしているだろうか。 資本・人材・情報の「質と量」を今一度問い直してほしい。

「運動」──挑戦という負荷が組織を鍛える

 次に運動である。筋肉は使わなければ衰える。身体を動かさない生活を続ければ、筋力は落ち、代謝は低下し、免疫機能も弱くなる。適切な負荷をかけ続けることが健康の条件であり、負荷のない運動は運動とは言えない。

 会社にとっての運動は、事業活動そのものである。市場に向き合い、顧客と接し、試行錯誤し、改善し続ける。競合との緊張関係の中で判断を磨き、市場の変化の中で適応力を鍛える。

 問題は、「負荷をかけない組織」が増えていることだ。過去の成功体験に寄りかかり、変化を避け、挑戦を先送りにする。見た目には安定しているように見えても、組織の筋力は着実に落ちていく。短期的な数値目標が優先される環境では不確実な挑戦よりも確実な現状維持が選ばれやすく、失敗が許されない文化では新しいことへの挑戦はリスクとして映る。こうして組織は意図せず「運動不足」の状態に陥っていく。運動には負荷とともに回復の時間も必要で、適切な挑戦とそれを支える余裕、この両方が揃って初めて組織は鍛えられる。

「睡眠」──振り返りと学習が、経験を知恵にする

 最後に睡眠である。睡眠は単なる休息ではない。睡眠中、脳は日中の経験を整理し、記憶を定着させ、身体の各部位を修復する。睡眠を削り続けた身体は、一時的には動いていても、やがて確実に壊れる。

 会社にとっての睡眠にあたるのは、振り返りと学習の時間である。走り続けるだけでは、経験は知恵にならない。プロジェクトが終わっても次にすぐ移る。失敗しても原因を深く問わない。成功しても何が良かったかを言語化しない。こうした組織では、経験は積み重なっても組織の力にはなっていかない。

 多くの組織でこの時間は最初に削られる。しかし睡眠を削れば翌日のパフォーマンスが落ちるように、振り返りを省けば組織の成長は止まる。人材育成や研修への投資が「コスト」として削られやすいのも同じ構造だ。短期的には何も起きない。しかし5年・10年のスパンで見たとき、この差は組織の力として決定的に現れる。

そして、もっとも意識されないもの──「呼吸」

 食事・運動・睡眠という3つの習慣を論じてきた。しかし第1回でも触れた通り、もう1つ、健康にとって根本的な要素がある。それは「呼吸」だ。

 私たちは1日に約2万回の呼吸をしている。そのほとんどを意識していない。当たり前すぎるからだ。しかし呼吸が止まれば、食事も運動も睡眠も意味を失う。呼吸とは、もっとも意識されないが、もっとも根本的な生命活動である。

 会社にとっての呼吸が何にあたるのか。これは重要だが、詳しく論じると1つの回が必要になる。次回以降で改めて取り上げたい。ただ一点だけ先に述べておくと、会社にとっての呼吸とは社会との接点である。その接点が失われたとき、企業は呼吸が止まった身体のように、急速に力を失う。

まとめ

 会社という生命的組織には、肉体と魂がある。器官がいかに整っていても、経営理念という魂が失われた会社は機能しない。そして魂が宿っていても、肉体の習慣が乱れれば、その魂は十分に発揮されない。

 食事(何を取り込むか)は、食物だけでなく、情報・人・資本のすべてに及ぶ。会社もまた、取り込むすべてのものによってつくられていく。そしてその内側の状態は、皮膚=ブランドという外側に必ず現れる。ブランドを守りたいなら、外側ではなく内側を整えることが先決だ。

 運動と睡眠もまた、会社の健康に不可欠な習慣である。適切な挑戦という負荷が組織を鍛え、振り返りと学習という睡眠が経験を知恵に変える。そして呼吸(社会との接点)については、次回以降で改めて論じる。

 会社には本能がない。だからこそ経営者が、この生命的な組織の健康を意識的に診続けなければならない。経営者とは、魂を守りながら肉体の健康を維持する存在である。

次回予告

 健康な身体でも、病気になることがある。病気は突然起きるように見えて、その前に必ず「未病」の状態がある。東洋医学が示すこの概念は、会社にもそのまま当てはまる。症状を消すことと、病気を治すことは違う。

 次回は、会社の「病気」を生命の視点から考える。

2026年6月1日

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