2017年12月15日
グローバル・コミュニケーション
企業の国際コミュニケーション戦略と「言語監査」
本名 信行
一般社団法人グローバル・ビジネスコミュニケーション協会 代表理事
青山学院大学名誉教授
猿橋 順子
青山学院大学教授
はじめに
本稿はこれまで(84~88号)、日本企業の言語対応について、諸々の問題を提起した。
日本企業は事業目標に沿った国際コミュニケーション戦略を策定するのに後れを取っており、言語・コミュニケーション問題に十分な対応をするに至っていない。企業はこの問題の重要性を十分に理解し、確固たる対策を講じなければならない。そして、その実施状況を常にモニターすることが求められる。それは「言語監査」と呼ばれる。
国際コミュニケーション戦略の策定
日本の多くの企業は、基本的に国際的な性格をもっている。国際情報の収集や国際市場への参加は欠かせない。だから、企業経営の一環として、国際コミュニケーション戦略(International Communication Strategy、以下ICS)を詳細に検討する必要がある。そして、それを実行する強い意志をもたなければならない。このことは大企業だけにあてはまるのではない。むしろ、小回りのきく中小企業こそ、独自のICSを立てることによって、縦横無尽の活動が期待できるのである。
ところが、日本企業の経営陣はトップの意志として、急激な社会環境の変化に由来する、新しい問題を認識し対応するのに思いのほか時間がかかる。たとえば、KPMGインターナショナルの調査(2013年)によると、日本企業の52%はサイバー・セキュリティを取締会の議題にしていない。世界の企業の88%が取締役会でこの問題に積極的に取り組んでいることから見ても、意識の違いが分かる。
はたして、どのくらいの企業がICSを議論しているだろうか。多分、少数と想像される。ICSの意義は、その不在が何をもたらすかを考えれば、すぐに分かる。国際コミュニケーション戦略の要のなかに、ウェブ対応がある。企業はウェブを通じて、独自のイメージと事業活動を世界に発信しなければならない。
当然、日本語に加えて、国際言語としての英語によるコミュニケーションは必須である。しかし、これを翻訳機に委ねるケースが多い。東京のある区役所のHPでは、「区長の部屋」を設けているが、区長の「生年月日:昭和41年2月7日生」が、驚くべきことに「Date of birth: It’s rare on February 7 of Showa 41 years.」となっている。本文は読めたものではない。
問題は、役所のだれも訳文をチェックし、それを修正しようとしないことである。おそらく、そういう任務を負った部署もなければ、人材も欠如しているのだろう。企業、行政、その他の事業体は今日のグローバル化において、M・マクルーハンの至言「メディアはメッセージである(The medium is the message.)」をかみしめる必要がある。HPのような媒体を粗末に扱うと、とんでもないメッセージを伝達してしまうのである。
言語監査とは何か
イギリスなどのヨーロッパでは、企業、官庁、諸団体機関等の言語対応に関する評価を、言語監査(linguistic auditing)と呼ぶ。言語問題はきわめて重要であり、その対応評価は会計監査と同様に厳密に実行されるべきであるという観点から、この用語が使われている。本稿はこれを拡大して、国際コミュニケーション戦略の策定まで含めている。ICSなしでは、本格的な言語対応は考えにくい。
ICSは事業活動の全体を視野に入れ、一貫したポリシーになっていなければならない。そして、明示的に示され、企業内に浸透していなければならない。たとえば、次の活動のバックボーンになることが求められる。すなわち、マーケティング、パブリックリレーション、IR、リスクマネジメント(ダメージコントロール)、人材獲得・育成、などなどである(ICS策定の詳細は次号で考えたい)。
企業は自社に関連した言語ニーズをどう認識し、それにどう対応するかについて、明確なポリシーをもつことが求められる。多くの社員が優れた国際コミュニケーション能力をもっていること、あるいはそれを高めるために社員教育が充実していることなどは、会社の信用につながる大切な要素である。
逆に、この方面で後れをとっている企業は、経営に大きな不備があるといえる。企業の情報公開に関連して、知的な消費者と株主はいずれこういった情報を求めるようになると思われる。日本企業はグローバルな展開を求めれば、世界的な関心の対象となるので、ひとつに国際言語としての英語で自発的に自己の活動を広く開示することが望まれる。
次に、社員教育(人材育成)をテーマにして、言語監査のプロセスを簡単に示す。
(1) ニーズ・アナリシス
企業がビジネスに関連して、どのような言語能力を必要とするかを、主要言語類に分けて分析する。当然のことながら各部課のニーズは多様なので、業務に特化して分析するのが現実的である。言語ニーズを正確に把握して、それに沿った能力の確保、育成が費用対効果の上で適切である。
(2) 対応評価
言語ニーズについて、企業がどのような対策を講じているかを評価する。トップの言語意識や各部課の現有言語能力が企業ニーズに即して詳細に検討される。もちろん、社員の語学研修などのアウトソーシングの方法や効力なども調査対象となる。これにより、企業の言語対応の長所、短所が明示される。
(3) 研修プログラムの提案
言語対応と現有能力が不十分である場合は、現状の改善を目的として、研修プログラムの提案を行う。また、人事配属が適材適所であるか、採用人事の要件などについても提案する。研修プログラムは部課業務、あるいは社員個人の業務ニーズに沿って設定され、専門業務のための言語能力の向上を目指す。TOEIC対策では間に合わない。
(4) 研修プログラムのモニター
言語監査は専門的に、かつ客観的に行わなければならない。このために、研修は言語監査組織(会社)ではなく、別の企業研修会社が請け負うのが正当である。監査組織(会社)は研修プログラムのカリキュラムと期待される成果目標を示し、企業に代わって研修をモニターするのが望ましい。
(5) 研修成果評価
研修期間の終了にともない、期待される成果があがったかどうかを評価する。研修は企業の言語ニーズに対応する言語能力の確保、向上、育成を目的としているので、研修成果はその観点から評価される。言語監査は周期的に行われることが期待されるので、研修成果は新たな研修プログラム設定に常にフィードバックされ、企業の言語対応を漸次的に向上させる道を開く。
おわりに
企業や組織は言語問題の観点から、経営や運営を考えることは少ない。しかし、国際言語環境の現状を適切に認識して十分な対応策を講じることは、究極の危機管理なのである。言語を問題として感知し、その解決を模索する必要がある。言語監査はその方法を示す手段なのである。多くの企業が言語監査をマネジメント業務の一環に組み込むことを期待したい。
2017年12月15日