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冷戦が終わり、ゲームが変わった

 私がカルビーのCFOに期待することはたった一つ、「FからEに変わって欲しい」ということだけだ。CFOはCEOに変わりうる能力があると私は思っている。そうしたCFOのみなさんを前に、私がカルビーで8年間行ってきたことをお話ししたい。

 昨日(2017年12月13日)、日経のエコノミスト懇談会で、「2018年、給料は3%上がるか?」という質問を受けて、「カルビーについては権限がないのでわからないが、『上がるか?』ではなく『上げなければならない』と思っている」と私は答えた。私が伊藤忠商事に入社した1970年当時、初任給は2年間でちょうど2倍になった。そんな時代を考えれば、昨今の給料の上がり方のなんと寂しいことか。私はこれではダメだと思っている。

 「給料は増やしたほうがいい」というのが私の持論である。会社はいろいろな意味でお金を使う。例えば、設備投資にお金を使う。私は設備に投資するくらいなら人に投資したほうがはるかによいと考えている。どちらも失敗するリスクはあるが、設備と人とどちらが大事かと言えば、人に対する投資のほうが大事であると考えるし、個人消費を増やして日本の景気回復にもつながる。ただし、2~3%程度の上昇では、日本の景気がよくなるほどの消費回復は期待できない。日本はなぜ、このような長期低迷に陥ったのか。

 1989年11月9日ベルリンの壁崩壊を境目に世界が変わった。日経平均株価は89年12月29日の3万8,957円をピークに急落。最悪時はピーク時の五分の一まで値を下げた。アベノミクスのカンフル注射で、最近はピーク時の半分を上回ってはいるが、極めて不安定な経済であることに違いはない。

 1950年から90年までの40年間、東西冷戦の中にあって、日本は後にも先にも世界に類のない異常ともいえる高度成長を遂げた。軍事小国の日本は軍事に資源を費やすことなく、経済に邁進していればよかった。工業製品の規格大量生産が奏功し、経済大国への道を歩んだ。偏差値教育が生んだ少数のエリートと多くの同質の金太郎飴が、日本の高度成長を支えた。

 90年以降、東西冷戦終結によってもたらされたグローバリゼーション、とりわけ中国の台頭は日本に大きな影響を及ぼした。さらに、日本では少子化と高齢化が同時に進行し、長期不況に陥った。国は大きな借金を抱え、あっというに日本は借金大国になった。

 90年を境目にゲームが変わってしまったのだ。いわば相撲の世界から、少しくらいは反則ありのプロレスの世界に変わってしまった。ゲームが変わり、ルールが変われば、プレーの仕方も変えていかなければ生き残ることは不可能だ。そうした状況にあっても、変革は簡単にはいかない。変革とは、“既得権を奪うこと”でもあるからだ。

 2009年6月25日、私はカルビーに入社した。悪い会社ではなかったが、2000年から成長が止まっていた。スナック業界では独占的な企業であった。2位との差は3倍あった。会社の成長は踊り場にあり、ぬるま湯に浸かり、なんの危機感もなかった。

 大きな可能性のあるこの会社を変革するには、率先垂範しかないと思った。私はまず、①権限、②個室、③社用車、④接待費の四つを捨てた。結果、カルビーは少しだけ変わった。大したことを行ったわけではない。古いしくみを変え、時間の経過とともにどんな組織にもはびこる悪しき文化を壊していっただけである。

2018年2月20日

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