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なぜキヤノンの不公正な買収手法は
批判されないのか

森本 紀行

HCアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長

 キヤノンは、東芝メディカルシステムズを買収するに際して極めて技巧的な手法を用い、そのことによって2016年6月30日に公正取引委員会から注意を受けるという異常な事態を引き起こしたにもかかわらず、目立った社会的な批判を受けていない。

 しかし、キヤノンの行為は「事前届出制度の趣旨を逸脱し、独占禁止法第10条第2項の規定に違反する行為につながるおそれ」のあるものであり、「おそれ」から違法性を認定するまでには至らなかったが故に、公正取引委員会としては異例の注意を行うことで、制度上可能な最大限の不快感を表明したのである。

 つまり、キヤノンは法律の潜脱行為であることを明確に自覚したうえで、敢えて積極的に違法の「おそれ」を犯し、しかも「おそれ」は「おそれ」にとどまり違法とは認定されないことにつき、十分に予見をしていたとみられるので、そこには明らかに社会的非難に値する不公正な意図が存するのである。

買収の経緯

 東芝は、2016年3月9日に子会社の東芝メディカルシステムズの売却につき、キヤノンに独占交渉権を付与した旨を発表し、次いで3月17日には当日付けで東芝メディカルシステムズの全株式を譲渡し、決済も完了して、子会社でなくなった旨を発表した。ところが、この日に確かにキヤノンとの間に譲渡契約書が締結され、キヤノンは代金を支払ってはいるが、東芝メディカルシステムズの議決権は、キヤノンに移転していない。

 もしも、通常の買収事案のようにキヤノンが東芝メディカルシステムズの全株式を取得したのなら、議決権もキヤノンに移転し、東芝メディカルシステムズはキヤノンの支配下に入り、企業結合が成立したはずである。

 しかるに、独占禁止法では、こうした企業結合が競争を実質的に制限することのないように、事前に計画届出書の提出を義務付け、公正取引委員会において審査することにしていて、3月17日時点ではこの事前届出はなされていなかったのだから、キヤノンは東芝メディカルシステムズを支配下におくことはできなかったのである。故に議決権だけを分離し、第三者に保有せしめたわけだ。

 この第三者は、買収の技巧のためだけに作られた実体のない法人である。しかし、それでも議決権の行使においてキヤノンから完全に独立している限り、この時点では東芝メディカルシステムズはキヤノンの支配下にはなく、故に法律の形式上は、事前届出は必要なかったということになる。

 もちろん、公正取引委員会は、この法人の独立性について慎重な検討を行ったとみられるが、結論として独立性を否定することができずに、違法性の「おそれ」を認めつつも、違法性自体を認定できなかったのだ。

技巧の実態

 どのように議決権を分離して買収したのかは一切開示されていないが、公正取引委員会によれば、キヤノンは東芝メディカルシステムズの株式を目的とした「新株予約権を取得して、その対価として、実質的には普通株式の対価に相当する額を」東芝に支払ったとしている。

 ということは、おそらくは東芝メディカルシステムズは、東芝に対して新株予約権と議決権のある株式を新規に発行し、その対価として東芝の保有する自社普通株式を全株取得し、次いで東芝は新株予約権をキヤノンに譲渡し、議決権のある株式は新たに設立された第三者法人に譲渡したのだろう。つまり、東芝が計上した東芝メディカルシステムズの売却益というのは、正確には新株予約権の譲渡益だったのだ。

 この後、キヤノンは公正取引委員会に事前届出を行い、審査終了後に新株予約権を行使し、第三者保有の議決権株式を適当に処理して、東芝メディカルシステムズを完全子会社にする、あるいは6月30日に審査が終了しているので、もうしてある、ということだろう。

年度内売却に固執した東芝

 東芝が東芝メディカルシステムズの売却先をキヤノンに決定したのは、2016年3月9日だ。仮に、正規の手続きにより、この日にキヤノンが事前届出をしたとしても、東芝の決算期である3月31日までには、公正取引委員会の審査は終了していなかったとみられる。

 しかし、東芝としてはどうしても年度内に売却を完了させたかったのだ。故に、買い手のキヤノンは、売り手の意向に沿うべく、事前届出制度の趣旨逸脱を承知のうえで、高度な技巧を弄することで敢えて意図的にその適用を一時的に回避して、実質的な買収終了後に繰り延べたわけである。

 東芝は、キヤノンを譲渡先として選定した理由に「手続きの確実性」をあげていたが、この意味は、キヤノンが年度内買収完了を確約したからということだろう。この点をキヤノンと競っていた富士フイルムホールディングスは、不公正なものとして問題視していたはずである。

東芝の債務超過回避

 東芝は、2016年3月17日の発表において東芝メディカルシステムズの「全株式が確定的に譲渡されたことにより、2015年度に売却益として認識できた場合には、約5,900億円(連結、税引前損益、概算)を計上する見込みです」としていて、実際にこれは計上された。

 また、2016年4月26日にはウェスチングハウス社の事業の約2,600億円の減損等を公表し、結局2015年度通期では巨額の損失を計上して、2016年3月末において株主資本は約3,300億円にまで減少している。つまり、もしも東芝メディカルシステムズの売却益を2015年度中に計上できなければ、東芝は必要な減損処理等ができなかったし、減損処理等を行えば債務超過に陥っていたのである。

 キヤノンは、東芝の危機に乗じ、それを救済したのか利用したのか、いずれにしても脱法的な技巧を提案することで競合していた富士フイルムホールディングスを出し抜いて、買収に成功したのである。買収も一つの経済取引であることからすれば、公正な競争を制限する不公正な手法を用いたことになる。

懲りない東芝

 キヤノンもさることながら、東芝も自称「不適正会計問題」、即ち違法ではないが不適正と自認する会計処理によって経営危機に陥り、東芝メディカルシステムズ売却に追い込まれたのだが、その危機回避策において再度キヤノンの、違法ではないが不適正な手法に関与するという無反省な態度を示している。

 なぜ誰もキヤノンと東芝を批判しないのか。世の中には、日頃コーポレートガバナンスについての高説を開陳する大勢の有識者がいたはずではなかったのか。もしも、東芝の債務超過回避と事業再編という大きな課題の前に、小さな行為には目を瞑るべきだというのなら、大きな公共の利益の前に、小さな私人の利益など踏みにじられてもいいというのと、どこが本質的に違うのか。

2016年8月18日

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