2017年3月15日
「相談役」「顧問」制度に安倍首相が注文
磯山 友幸
経済ジャーナリスト
社長経験者は終身で「相談役」、常務以上は80歳になるまで「顧問」として、もちろん相応の処遇はするーー。そんな内規がある企業はまだまだ多いに違いない。「大所高所からアドバイスいただく」といった建て前論から、「社長経験者が路頭に迷うようなことになれば会社の恥になる」といった現実論まで、さまざまな理由をつけて「相談役」「顧問」といった人事制度が存続してきた。
時には現役の社長よりも、社長を退いた会長よりもさらに強い権力を持つ「相談役」や「最高顧問」がいる会社も少なくない。入社した頃にすでに役員だったような大先輩に、取締役が盾突くことなどできるはずはないから、どんどん権力の二重構造が進んでいく。会社が傾くと必ずそうした「老害」経営者が問題になる。
そんな極めて日本的ともいえる権力構造に、遂に政府が口を出し始めた。ここ数年、安倍晋三内閣が進めている「コーポレートガバナンスの強化」を一段と進めるために、社長OBが相談役や顧問として企業に残る慣行の見直しに乗り出したのだ。
政府の成長戦略を作る「未来投資会議」で安倍首相自らがこう発言した。2017年1月27日に首相官邸で開いた会合の席上のことだ。
「本日の問題提起を踏まえて、不透明な、退任した経営トップの影響を払拭し、取締役会の監督機能を強化することにより、果断な経営判断が行われるようにしていきます」
会議の席上、首相がここまで明言すれば、2017年6月に閣議決定される成長戦略に何がしかのルールが明記されることは間違いない。
安倍首相が言う「問題提起」をしたのは、民間議員である三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長。経済同友会の代表幹事を務める一方、経営危機に直面している東芝の社外取締役も務める。
「日本企業の『稼ぐ力』の向上に向けて」と題した資料の中で、退任した経営トップが果たすべき役割として、こう指摘した。
「経営トップには、時として過去にとらわれない経営判断が求められる。こうした企業文化を醸成していく必要があり、とりわけ社長OBが相談役や顧問として経営陣に指示・指導しているような慣行の見直しを検討する必要がある」
社長を退いたら、さっさと会社を去るべきだ、としたのだ。
実は、日本のコーポレートガバナンス上、「相談役」「顧問」が弊害をもたらしているとみているのは経済産業省だ。2016年、東証1部2部上場の約2,500社を対象に実態調査を行い、その結果を公表している。
回答した871社のうち「顧問」や「相談役」を導入している企業が77.6%に及んでいたのだ。しかも、その役割については、「経営陣に対する指示や指導」と答えた企業が35.6%と最も多かった。コーポレートガバナンス上、役割が明確でない「顧問」や「相談役」が、現役の社長らを「指導」しているケースが多い実態が浮かび上がった。
では、成長戦略にはどんな内容が盛り込まれるのか。
議論はこれからだが、少なくとも情報開示を求められることになるのは間違いない。定款に定めたり、内規として定めている相談役や顧問の制度説明や、社長OBの現状の処遇などについて開示を求められる可能性がある。議論次第では、顧問や相談役の人数や個別の氏名の公表が求められることもあり得るだろう。
問題は会社法上、何らかの規制が入るかどうか。2017年2月9日に開いた法制審議会の総会で、「会社法制(企業統治等関係)の見直しについて」という諮問が法務大臣からなされた。その中で、「社外取締役を置くことの義務づけなど、企業統治等に関する規律の見直しの要否を検討の上、当該規律の見直しを要する場合にはその要綱を示されたい」とされている。
すでに東証1部上場企業の9割以上に社外取締役が置かれており、義務づけが不要という議論にはならないとみられる。そうなれば、当然、社外取締役を義務づける場合の要件などが議論されるが、社長OBの扱いなどについて議論が広がる可能性もある。
現実には社長OBを会社から排除する法律を作ることは難しいとみられるが、コーポレートガバナンス・コードなどに厳しいルールが追加される可能性は今後出てくる。
要は会社として相談役や顧問の位置づけをどうするのか、経営への関与をどこまで認めるのか、明確な方針を決めていく必要に迫られることになるだろう。
2017年3月15日