2016年1月15日
経常収支分析①
末松 義章
千葉商科大学大学院
客員教授 博士
経常収支分析とは
よく「勘定あって銭足らず」ということがいわれるが、これは、損益計算書上は黒字ながら、資金が不足して資金繰りが苦しい状態のことをいう。損益計算書が黒字であれば資金繰りが楽なはずであると考えるのが一般的な常識だが、企業の資金繰りでは、必ずしもこの考え方は通用しない。資金繰りは現金の収支であるのに対して、損益計算における売上高の計上は代金の収受とは無関係に、商品を出荷した時に行われる。いわゆる信用取引(掛け商売)があるために、現金収支と損益計算は一致しない。この現金の収支計算を行うのが経常収支分析である。
収支のバランス
経常収支とは、経常収入と経常支出の差額(現金収支バランス)をいう。
①経常収入とは売上収入と営業外収入(資産の売却収入などは除かれ、金利の受取りや雑収入等)の合計である。
②経常支出は、原材料代・商品仕入代などの支払、人件費の支払、金利の支払、その他諸費用の支払等の合計をいう。
経常収支とは、企業活動による収支であって、最も基本的かつ重要な収支である。サラリーマンの家計にたとえれば、経常収入は給与収入であり、経常支出は主に生活費に当たる。
生活費をまかなえない状態となれば、預金を取り崩したり、銀行からお金を借りなければならない。この状態が毎月続けば、雪ダルマ式に借入金が増加し、ついには生活が破綻することになる。
この現金収支のバランスは、具体的には次の2式によって表示される。
当然のことながらプラスであることが望ましく、もしマイナスであれば、資金繰りが苦しいことになる。この経常収支尻は、損益計算書上の経常利益を現金収支のバランスに置き換えたものといえる。
経常収支比率は、100%以上であることが望ましいといえる。
経常収入の算出方法
経常収入は次の算式で計算される。
ⓐ売上収入
売上収入は売上高のことではなく、販売代金の現金回収高のことをいい、次の算式で計算する。
(注)売掛債権=売掛金+受取手形+裏書譲渡手形+受取手形割引高-前受金
≪売上収入算出の基本的考え方≫
①前期末の売掛債権残高Aは当期の期初に順次現金で回収されていく。したがって、当期の現金収入につながるものである。
②当期末の売掛債権残高Bは翌期の期初に順次現金で回収されていく。したがって、当期の現金収入にはつながらないが、当期の売上高には反映されている。
③したがって、当期の現金でみた売上収入は、次の算式で把握することができる。
「期末」は当期末の数字をいい、「期首」は前期末の数字のことをいう。
したがって、上記の算式は次のとおりとなる。
ⓑ営業外収入
営業外収入とは、損益計算書上の営業外収益を現金収入高へ置き換えたものである。
営業外収益とは、受取利息、受取配当金や不動産の賃貸料などを指す。これらの収入の未収入分は「未収収益」、前受け分は「前受収益」で計上されるので、営業外収益も売上高と同様に、直ちに全額が現金収入となるわけではない。そこで、営業外収入は次のようにして計算される。
≪営業外収入算出の基本的考え方≫
①受取利息の場合
銀行に預金をした場合、銀行からの金利は、満期日に一括して受け取る。そこで決算期をまたがって満期日がある場合、当期中に発生している金利を未収収益として計上することがある。しかし、この場合には、実際には現金で金利を受け取るわけではないので、売上収入と同じ処理を行う。
②家賃の場合
不動産を賃貸している場合、借主からは翌月分の家賃を当月に受け取る。したがって期をまたがった場合には、この前受けした家賃は当期の現金収入となるので、次のような処理を行う。
経常支出の算出方法
経常支出は、次の算式で計算する。
費用支払は、いわゆる費用のことではない。具体的には、材料費、外注費、人件費、その他諸経費、支払利息等の支払のことをいう。複雑ではあるが、次のようにして算出する。
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経常収入と異なって、経常支出は複雑でわかりにくい点があるので、以下詳しく説明する。
ⓐ費用
ここでいう費用とは、損益計算書上の売上原価、販売費・一般管理費、および営業外費用のことをいう。
ⓑ支払の生じない費用
建物や機械などの償却資産には、毎期減価償却費が発生するが、これは費用として期間配分したもので、実際には現金支出を伴わない。これと同様に、諸引当金の繰入れも現金支出を伴わない費用である。
したがって、これらのものは現金支出である費用支払のなかから控除する必要がある。
ⓒ棚卸資産の増加
この算式は、当該期間中に計上された仕入高を、売上原価のなかから抽出するための作業である。すなわち、
の算式で売上原価が算出される。したがって、この算式に棚卸資産の増加を加算すれば「仕入高」だけが残ることになる。
ⓓ買掛債務の増加
これは、売上収入の場合と同様、上記ⓒで算出された仕入高から現金支出を算出するためのものである。すなわち、
仕入高-買掛債務増加=前期末買掛債務+仕入高-当期末買掛債務
≪仕入支出算出の考え方≫
前期末の買掛債務残高(ⓐ)は当期の期初から現金で順次支払われる。また、当期末の買掛債務残高(ⓑ)は、当期ではなく翌期の期初から現金支払が行われるが、当期の仕入高としては計上されている。そこで、当期の現金で支払われる仕入支出は次の算式となる。
ⓔ未払費用、前払費用の増加
営業外費用には、支払利息などがある。また、販売費・一般管理費にも、不動産の貸借料などさまざまな経費がある。これら経費のなかで未払い分は「未払費用」、前払い分は「前払費用」で計上されることがある。
したがって、営業外費用や販売費・一般管理費も、仕入高と同様にただちに全額が現金支出となるわけではない。したがって、営業外費用や販売費・一般管理費の現金支出額を算出するためには、調整を行う必要がある。
≪経費現金支出算出の考え方≫
支払う側からみて、前もって支払うことを原則とする金利や家賃などは、決算期をまたがると、支払う側と受け取る側とで仕訳方法が異なってくる。
当期分の支払利息(ⓐ)は、前期中に現金で支払ずみである。しかし、当期に支払利息として計上される。一方、翌期分の支払利息(ⓑ)は、当期中に支払われてしまう。しかし、支払利息としての計上は翌期となる。そこで、
の算式によって、当期の現金で支払われた利息を把握することができる。
賃借料も同様の考え方になる。
≪一般経費支出算出の基本的考え方≫
期末の3月に発生した一般経費(雑費等)は、翌月4月に現金で支払われる。この場合、仕訳は、
のようになる。
前期末3月に発生した経費(ⓐ)は、当期の期初4月に支払われる。また、当期末3月に発生した経費(ⓑ)は、翌期の4月に支払われる。しかし、経費としては当期に計上される。
したがって、
の算式によって、当期の現金支払の額が判明する。
ⓕ負債性引当金の目的支出
負債性引当金としては、退職給付引当金等があるが、退職金などの費用項目を使わずに、直接支払われることがある。これを目的支出という。
具体的にいうと、退職給付引当金を戻し入れ、退職金という費用勘定を経由して支払うのが通常のやり方である。しかし、目的支出では退職金を経由せず、引当金の相手勘定を現金として支払う。したがって、この場合には、損益計算書上費用としては計上されないことになる。
その算出方法は、次のとおりである。
2016年1月15日