2015年11月16日
遠藤 裕明
日本CFO協会主任研究委員
万博開催中のミラノに世界のCFOが集結
今年で第45回を数える世界CFO会議(IAFEI世界大会)は、ここミラノで開かれた。ミラノはドゥオモと呼ばれる大聖堂やレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」で知られる、ヨーロッパでも深い歴史ある町である一方、金融の中心地でもあり、今回の大会では海外からの参加者が90人に及んだ。全体での参加者が340人程度であったことを考えると、十分に国際大会と呼べる規模だ。もう一つの目玉は、同じくこのミラノで開催されているエキスポ、万国博覧会であり、10月末に閉会を迎えることもあって、大盛況となっている。最終日には、来年度の主催予定国であるロシアへのバトンタッチが、エキスポのロシア館で開催され幕を閉じた。
例年通り、世界CFO会議に先立ってIAFEIの執行役員会、取締役会が開かれた。今回は、南アフリカなど新たなメンバーの参加も確認され、他にもいくつか参加を検討している協会もあり、今後さらなる発展に期待が持てた。アジアに関連していえば、日本がエリアプレジデントのポジションを維持することで、より積極的な関与を続けていくことが、改めて確認された。従来から、新規メンバーの獲得にとかく焦点が当たりがちであったが、メキシコのルイス氏の後任として来年より会長に就任するイタリアのファウスト氏の意向では、テクニカルコミッティによるリサーチの充実、情報の発信がより強く求められる予定だ。加えて、各地域からの情報収集・発信を、プロセスとして確立することにより、従来よりも充実した情報がIAFEIから発信されることが期待される(その分、日本からの情報発信もより強く求められるわけではあるが)。
プログラム自体も、極めて充実したものが多かった。スポンサーであるHP(ヒューレット・パッカード)、アリタリア航空の親会社、Ethihad航空、スターウッド・ホテル・グループ、Ferreroなど、そうそうたる企業のCEOやCFOレベルのプレゼンテーションは、非常にビジネスに深く踏み込んだ内容で興味深かった。また、ミラノ市の財政担当官、イタリアの元大統領プロディ氏、元経済産業大臣サマコーニ氏など、政治・経済の相当程度の重鎮に加え、エコノミストや学者なども顔を並べ、実に多方面から多彩なプレゼンテーションがあり、飽きさせない内容であった。2日目の午後はすべてIAFEIのテクニカルコミッティによるパネルディスカッションで、プレゼンテーションだけで終了が夜の7時であり、カンファレンスとしてはかなり充実した内容になっていた。
マクロ経済見通しと金融秩序の行方
オープニングはプロディ元大統領によるマクロ経済見通しである。欧州は低成長、低インフレ、米国はまずまずで利上げに向かっていく。中国は、投資主導の経済から消費主導に移行していく過程で、ボラティリティが高い。そのような状況においては、なおさらテクノロジーのリーダーシップによって成長を生み出していくことがますます重要となる。中国の習近平主席の訪米などシリコンバレーで大きなイベントが行われたのも、それを象徴している。もう一つの成長の源泉は、TPPによる貿易の拡大である。中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を立ち上げ米国は参加を見送ったが、その間隙をついてイギリスが参加、人民元の取引をロンドン取引所に取り込んだ。エマージング国もマチマチで、ブラジルや、中東の影響のあるトルコは厳しい状況。ただ、アフリカはその中でも4%超で成長を続けており、テロなどあるが、今後の発展がさらに期待できる。
今後の世界の金融秩序においては、IMFがアンカーになりつつ、各国の中銀の協働がより重要になってくる。こうした話はそれほど驚くようなものではなかったが、イタリアの経済金融省チーフエコノミストによる別のセッションでは、今後の経済成長見通し、債務削減に向けての具体的な道筋が示され、大変興味深かった。イタリアの債務GDP比率は、1960年代には25%程度であったのに、2014年には130%になってしまっているが、各種改革によって2019年には120%、2027年には95%まで削減するという強い意気込みが感じられた。翻って日本の財政をかんがみると、200%を超える水準にありながら、これをイタリアのように改善する道筋さえきちんと示されていないことが、異国ミラノにおいて肩身が狭く感じられた。
イノベーションか死か
今回の全体的テーマはイノベーションであり、マクロ経済的なプレゼンテーションを除けば、なんらかイノベーションに関連したプレゼンテーションになっていた。私が担当したパネルディスカッションも、サブテーマはテクノロジーを活用した効率化、という題目であったが、デロイト・イタリアからは企業による取り組みが紹介され、イノベーションによって生き残れた企業と衰退していった企業(コダックなど)が対照的に紹介された。他方のパネルはボッコーニ大学の教授で、金融におけるテクノロジーの進化により、従来型の銀行員やCFOはいらなくなるだろうという、金融関係者を前にしては大胆な内容であった。もちろん、テクノロジーの進化によってCFOの職がなくなるというよりは、より戦略的でクリエイティブなレベルの仕事が要求されるようになってくると捉えるべき話ではあった。ただ、いずれのパネルも、イノベーションを進めていくか、でなければ死かということで、現状に満足していることの危険を強く示唆していた。
FerreroのCEOが、プレゼンテーションの中で語ったことが強く印象に残った。「今の強みが将来の弱点になることがある。そこに安住してしまって、さらなる進化を遂げられないことがあるからだ」。Ferreroはチョコレートなど欧州のお菓子で非常に強みを持つ企業だが、絶えずイノベーションやグローバル展開、買収などによって進化し続けており、常に危機感を持って経営にあたってきた経営者の精神が、強く伝わってきた。
また、金融の世界においてもPwcスペインの取り組みが興味深かった。リーマン危機後、スペインの経済はマイナス7%の景気後退に陥ったが、同社のビジネスは約2倍となった。その背景には、イノベーションへの不断の取り組みがあったためとのことだが、重要なことは、「イノベーションは、専門の部署から生まれるのではない。80%のイノベーションは、社員から生まれる」ということだ。企業として、いかにイノベーションや発想を促す土壌を作るか、それを形にするまでのプロセスを作ることが重要である。人はたいていの場合、自分のアイデアを出すのを恥ずかしがったり怖がったりしてしまうものだ。
加速するイノベーションとパラダイム変化
イノベーションの例としては、他にも、ドローンを活用した追跡型カメラ、Lily Cameraや遺伝子の編集による治療や若返りの研究、エネルギーの保存など様々なものが取り上げられた。エネルギーの保存の例としては、テスラによる電気自動車から巨大な電池工場、ギガファクトリー、家庭用電池、ソーラーシティなどの取り組みが紹介された。Lily Cameraは追尾機能の付いたドローンなので、例えばスノボをするときに、それを飛ばして自分が滑り出せば、追随しながら臨場感あふれるビデオを撮影してくれる。急流をラフティングしたりマウンテンバイクでオフロードを走破するのが簡単に記録できる様子をデモで見せられると、ここまで来たのかと驚嘆させられる。ごく数年前までは軍事利用向けに開発された特殊技術であったそうだから、イノベーションのスピードには驚かされる。
他にも応用例として、SECが通称ロボコップと呼ばれるAQM(アカウンティング・クオリティ・モデル)を導入していて、企業のCEOなどの講演記録をスキャン、粉飾などに潜在的につながる言動などを監視して、事前に手を打つサーチを活用していることなどが挙げられた。これも近未来の映画、「ロボコップ」や「マイノリティ・リポート」を彷彿とさせるものである。
近年のイノベーションにおいて顕著であったのは、サービスや商品のパラダイム変化についていけない企業が、あっけなく破綻し、企業の栄枯盛衰が激しくなったことだ。フィルムカメラからデジカメ、そしてスマホのカメラへと転換していく中で、写真の質が重要だとして高機能やクオリティさえ追求すればよいということが、いつまでも通らない。スマホのカメラで適度な質の写真が撮れれば、電話に付属していつでも簡便に使えるという利便性のほうが、質に対する要求を上回って、人々の写真に対する行動そのものが変化したのである。小売りもオンライン化が進み、ウォルマートからアマゾンやアリババへシフト、他にもウーバーやAirbnbなどが台頭してきている。
他方で懸念点として挙げられたのは、大企業が基礎研究をしなくなったことだ。米国にはまだベンチャー企業が生まれる土壌があるが、欧州や日本にはそのような土壌がない。今後もイノベーションを生み出し続けるためには、基礎研究への投資が重要である。
エティハド航空のイノベーティブ戦略
グローバル・エビエーション(航空)というテーマで、エティハド航空のCEOの講演も興味深かった。同社は中東のUAEに2003年に設立された後発の航空会社でありながら、急速に成長を遂げてきた。この12年の間でも、米国の航空会社が破たんや合併を繰り返してきたことを考えると、驚異的である。既存の大手航空会社とまともに競合してぶつかり合ったのでは、成長どころかその存在さえも危うかったはずであるが、同社の最大の武器は、イノベーティブな戦略である。エティハドは、「最大ではなく、最高を目指す」をキーワードに、様々なパートナーシップを展開、新たなサービスを導入してきた。その一つがこのイタリアのアリタリア航空で、同社は破たんの寸前であったが、マイノリティ出資を行い、若干のダウンサイズ、インフラを共有することで、2016年にはブレークイーブンのメドが立ってきている。また、インドのジェットエアーにも出資をしたが、インドは11億人の市場に対しインフラが極端に不足しているので、改善の余地ありとみて進出を決定した。他にも、オーストラリアのバージンエア、エアセーシェルへの出資など、それぞれが特別な事情にあるものに選別的に投資するという戦略をとっている。新しいサービスとして、エティハド航空では「レジデンス」という、まるでクイーンサイズほどもあるベッドを導入した。もちろん高額のクラスに限定されているが、そこにはさらに、フライングバトラーがサービスを提供、インフライト・シェフとして、シェフまで搭乗している。その分高額なのだろうが、世の中にはそういう需要があることに注目した、まさにイノベーティブなサービスである。
ホテルサービスにおけるイノベーション
スターウッド・ホテルグループ、ヨーロッパCEOのプレゼンテーションは、サービスにおけるイノベーションがテーマだった。世界100カ国以上に展開するホテルグループにおいて、いくつものブランドを展開しているが、SPGロイヤルティとして、顧客ロイヤルティを非常に重視している。ホテル業界では、上位2%の上得意客が売り上げの30%に寄与しているということもあり、新規顧客を増やすことよりも、既存顧客の満足度を上げていくことが極めて重要として理解されている。そのためもあり、SPGのウエスティンホテルでは、「ヘブンリー・ベッド」と銘打って、寝心地の良いベッドをいち早く導入し、眠りの重要性に非常に注力している。
今後についても、例えば2020年までにミレニアルという若年層が40億人に達することや、2023年までに中間層が49億人に及びその分布の66%がアジアになること、アフリカでは飲み水にアクセスのある人よりもスマホを持っている人が多い、など、新時代の顧客層が変化していくことにも先手を打って対応していかなければならない。そのカギを握るのがイノベーションである。
エジソンによれば、「イノベーションは、1%のインスピレーションと99%のパースピレーション(汗)だ」ということだが、アイデアだけでなく実際形になるものを生み出していくところに本当の意義があるということだ。オペレーション面でのイノベーションがいくつか紹介された。一つは、ホテルのコンシェルジェとチャットできるサービス。これも、海外などで電話で何かサービスを頼むのをためらう人も多いと思うが、そのハードルをグッと下げてくれる。また、チェックイン、チェックアウトに並ぶ時間を計算したそうだが、一回平均3分、年間47百万回あるため、単純計算では235万時間のロスとなっている。これをなくそうということで、アップルウォッチと提携した。このSPGキーレスというアプリを導入すると、ホテルの予約システムと連携し、チェックインの当日になると、チェックイン/アウトの旅程とホテルの部屋番号が予約者に通知され、部屋のカギがアップルウォッチで開けられるようになる。というわけで、ホテルのフロントに行く必要は全くなくなるわけだ。他にも、タクシーサービスのウーバーとも連携し始めており、ポイントの付与などの利便性も提供しながら、カスタマーの動きを分析している。さらには、ロボット・バトラーも導入され、ルームサービスなどを頼んだ時に、化粧や服装など気にせずに受け取りができるなどの点が好評になっている。
次回開催国ロシアからのアピール
余談であるが、昨年のマニラのように、英語圏においてはプレゼンテーションが英語であるのは当たり前のように感じてしまうが、3年前のメキシコではスペイン語のものが多かったし、フランスでもフランス語のものが多く、日本人の参加者としては辛いものがあった。今回イタリアでは、完全に英語であったことは、より理解も深まって、参加者としては非常にありがたいと思うと同時に、開催国イタリアの協会ANDAFの力量と、英語を共通語として使おうという、イタリアの国柄が見て取れた。
最終日のエキスポ、ロシア館における閉会式は、ロシアの協会による力強い勧誘が前面に打ち出されていた。世界一の面積を誇ること、資源大国であること、GDP規模も優れて大きいこと、開かれた市場であること、5%程度と非常に低い失業率であることなどがアピールされ、CFOを対象とした金融関係者の情報交換のための会議が主眼であるが、ロシアへの投資など、ビジネス誘致などがより前面に出た内容に感じられた。閉会式には、ロシアの協会会長などに加え経済産業次官も登壇し、前日にはモスクワ市長もIAFEI会長に対し、来年の会議開催について強くコミットするなど、オールロシアとして全面的に支援する体制が見て取れた。ウクライナ侵攻や欧米による経済制裁、原油価格下落による景気減速など、ロシアに関しては何かと厳しい話題が多い中で、意外に欧州と近い関係にあるロシア。従来の欧米、アジア諸国との情報交換に加え、どのような新しい発見があるのか。2016年の世界CFO会議も目が離せない。
2015年11月16日