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2015年9月25日 

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 社会イノベーション事業を軸に、「成長の実現と日立の変革」の推進をグローバルに追求し続ける日立製作所。その実現をCFOとして支えてきた中村豊明副社長に、M&Aに対する基本的なスタンスとCFO/財務部門の果たすべき役割を聞いた。

どうすれば持続的な成長が可能か。M&Aはその一手法

──日立製作所の成長戦略において、M&Aの基本的な考え方、位置付けとはどのようなものだったのでしょうか。

 持続的な成長を実現するには、どのような形であるべきなのか。具体的には、「自立的な成長を促すか」「アライアンスを組むか」「M&Aで企業を買収したり事業を売却したりするか」という3つの選択肢がありますが、当社は形式にはこだわらず、事業の目的や成長性、グローバルでの競争力、そして市場の動向などを勘案して手法は柔軟に選択してきました。M&Aは、M&Aを行うことが本旨ではありません。M&Aを行えばトップライン(売上高)は一時的に上昇しますが、それが目的ではなく、中長期の成長に資するリターンがきちんと得られるかどうか。全ては、その一点に尽きると思います。

 この6年間で、国内外の企業買収のほか、合弁事業の設立や、国内グループ会社の再編、事業の売却などを実施してきました。そのいずれにも一貫してあったのが、成長戦略とのリンクです。

 国内会社の再編では、上場子会社の完全子会社化や合併などを進めてきましたが、そこでも、あくまで市場がグローバル化するなかで事業の成長戦略を描けるかどうかを基本に判断してきました。2009年の日立金属と日立電線の合併が象徴的だと思うのですが、過去には垂直分担された事業が、国内市場の成長をバネに成長資金の調達のために上場をして拡大させてきました。ところが、市場がシュリンクするなかで事業や経営リソースの重複などが足かせとなり、グローバル市場で競合他社と戦うには力不足になっているケースが目立つようになりました。しかし、再編すれば戦える力を再生できる事業はあるのです。

──火力発電事業の三菱重工業との統合(合弁)もまた衝撃的な決断でした。

 火力発電事業は、日立グループのコア事業です。しかし、グローバルではGEやシーメンスなど巨大企業との戦いです。日本勢は、国内の予選会を勝ち抜いてクタクタになった状態でタイトルマッチに臨むような状態が続いていました。

 しかも日立の火力発電事業は、IT活用や制御技術など間口が広くなり経営リソースを集中できなくなっており、かつタービンでは中・小型が主力。社会インフラ事業は、施設を完成させてからメンテナンスを重ねて20年も30年も活用するものです。にもかかわらず、プロジェクトごとに大型タービンを他社から仕入れているようでは、お客さまが「将来のメンテは大丈夫なのか」と不安を覚え、発注をためらうのも当然です。一方、三菱重工は大型タービンに強い。ならば強いところと組み「日本連合」としてグローバルな戦いに挑むべきだと決断したのが事業統合です。日立の出資比率は35%で、運転席には座らないが助手席には座って一緒に運営していく。そして自ら戦える分野にはリソースを集中するという形です。

事業の経済性をモニタリングし、前向きな投資を促すキャッシュフロー

──日立製作所では今、「CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)」と呼ばれるキャッシュフローを重視した指標を重視されていると聞きますが、これもM&Aを意識してのことでしょうか。

 CCCは、仕事を受注してから実際に入金されるまでの期間を表す指標で、CCCが一目で分かるようにし、CCCをどれだけ短縮してキャッシュフローを最大化できるかを重要なKPI(業績評価指標)と位置付けています。

 CCCを重視するのは、現金残高、キャッシュフローは「現実」だからです。当期利益などの損益計算書上の勘定科目は、適用する会計基準によって変動し得るものであり、当事者の「判断」を反映したものになります。一方、キャッシュフローは、会計基準の影響を受けずに事業の経済性をモニタリングするための指標として説得力があり、かつ成長投資の原資として前向きな流れを生み出します。また、CCCを明確にすることで財務規律を維持させる狙いもあります。財務規律が弱まると、例えば規模を追いかけた結果、投資に見合わないリターンしかないM&Aをしてしまい、バランスシートを見たら事業継続に疑義が出る会社が生まれていた、という状態になるのを未然に防ごうとしています。また、資産側でCCCが短ければ、新製品効果や日常の原価低減、改善活動の効果が早く反映でき、キャッシュフローの創出力を高めます。

──M&Aの積極的な活用により「のれん」が多額になると、キャッシュフローを重視する経営の重要性はさらに高まりますね。

 確かに「のれん」は、価値とリスクの両方に満ちた無形資産です。ただ、もはや「のれんのリスクを取るのが怖い」と言いだしたら世界でビジネスは拡大できません。GEが世界市場でシェアを拡大しているのは、グローバルM&Aを通じてのれんの価値とリスクを積極的に取ってきたことの証左です。

 その点、日立では、非償却の「のれん」や「繰延税資産」と「自己資本」の割合を一定の範囲内に納めるようにしていますが、その実績はGEの50数パーセントと比較して、まだかなり低い水準にあります。

──IFRSではのれんの償却を認めていません。その上で日立製作所グループは、15年4月からグループ全社でIFRSへの転換を表明しました。これもグローバルM&Aをにらんだ対応なのでしょうか。

 日本会計基準ではのれんは強制的に償却されることになっています。

 一方で、M&Aでは事前にのれんや無形資産の価値を評価し、どれぐらいのキャッシュが創出されるかをDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)で試算し、そしてPMI (ポスト・マージャー・インテグレーション)でシナジー効果が早く出るように施策を練ります。にもかかわらず買収した翌日から「のれんを償却します」と言うのでは、ある意味、経営の意思と会計処理が合致していない側面があると言えるのではないでしょうか。

 IFRSではのれんの償却は行われず、毎期、事業価値が減損していないかを検証しなければなりません。つまり、買収した企業なり事業なりを活かし切れているか否かが、明白に問われることになります。

 しかも、同じ事業や技術が30年も40年も生きながらえるほど競争環境は甘くはありません。「事業や技術が競争環境の変化で減損する時が来るかもしれない」と覚悟して、シナジーの創出に挑むべきであり、「減損せざるを得なくなったり、自分たちの事業と合わなくなれば売却する」というサイクルを経営の仕組みに織り込むことこそ、持続的な成長の肝なのです。実際、GE等、グローバルコンペティターはエクイティに占めるのれんの割合が高いので、常に事業を見直し、買収・売却の両方を活用して、事業を積極的に組み替えています。

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CFOは、M&Aを“ただの買い物”にさせない

──事業再編やM&AなどへのCFOの関与の在り方をお聞きします。ご自身の役割をどのようなものだと認識なさっていますか。

 日立グループの上場会社は、それぞれが独立して事業に関わる判断をしており、財務面でも日立本社の財務部門が細かな事柄にまで口を挟んだりはしません。ただし、「One HITACHI」のソリューションはつくらなければならないというグループ・ミッションはあります。グループ会社は、国内では別々の会社に見えますが、海外では皆同じ「HITACHI」です。ですから事業や技術のソリューションと同じように、営業キャッシュフローを効率的に生み出したり営業利益を増やしたりするための施策などは中期経営計画の議論を通じてグループ内に打ち出しています。

 M&Aに関しては、CFOとしては財務的な視点で積極的に関与しています。日立のM&Aは、直接的には事業部門が行い、事業開発と呼ばれる部門がサポートし、担当の副社長もおりますが、メールでは私にも必ず「CC」で連絡があり、重要な検討会議などにも参加します。M&Aを成功させるためには一刻も早くシナジー効果を出すことが重要であり、そのための戦略や体制を整えることが大切です。財務として相手の財務体質のチェックは当然ですが、一緒になることによるキャッシュ創出力強化の妥当性のチェックやリスクの洗い出し、回避策の構築を事業部門と一体となって行うことが必要です。M&Aの段取りが整い、請求書だけが財務に回されてくるような在り方では、M&Aは絶対に初期の目的を実現できないでしょう。

──日立製作所グループでのM&Aでは、財務部門も重要な関係人として関わっているということですね。

 「そうあるべきだ」ではなく、「そうあるものだ」という立場で関わっています。M&Aでは、長期的な成長戦略、事業戦略が欠かせません。そのためにプロフィット・センターである各事業部門、M&Aの直接窓口となる事業開発、法務、調達、そして財務部門が一体となったチームを形成し、戦略の「進化と深化」に取り組みます。

 なぜかと言えば、事業部門の人は、買収候補先の企業ののれんやブランドの力を十分に知っているから「これはすごいです。必ず事業拡張につながります」と意気込みますが、本当にそうなるためには、たくさんの条件があるはずです。親会社が代わっても事業価値は維持できるのか、その技術・製品・顧客基盤等を獲得することにより、当社の事業を成長させることができるか、何故当社と組みたいと考えているかなど、分析しなければならない疑問はたくさんあります。

 財務的には、例えば買収候補の企業の財務諸表を見て、事業を熟知した人間が読んで初めて分かる数字というものがあります。それを踏まえて事業計画やバリュエーション、ポストM&Aプランの策定に関わらないと、M&Aが“ただの買い物”で終わってしまうリスクが高まるのです。

 これは私のM&A経験則ですが、買収する側に買収される企業に関わるための経営リソースがないと、M&Aは絶対に成功しません。なぜならリソースがないと相手先任せとなり、シナジーが生まれないからです。買収して「後はお願いします」では、株式投資と同じです。相手先が私たちと組みたいと考えるのは、自らの手では成長に限界があると認識しているからです。それにもかかわらず、「買収後は相手任せ」では、両者ともに成長限界を突き破ることはできません。だからこそCFOは財務という視点で、事業シナジーを一刻も早く生み出し、キャッシュ創出するために戦略構築に係わっていかなければなりません。

主任クラスからの事業関与と、国際標準の人事評価が事業感覚を育てる

──CFOや財務部門の役割の拡大は、同時にそれを主導的に担える人材が育っているかどうかの課題に直結します。

 そこが現在の重要な課題です。そもそもM&Aでは、自社・相手先の経営リソースを活用する人材が育っていなければシナジーを生み出すことはできません。

 財務で言えば原価管理や業績管理だけをやっているのでは弱い。M&Aの実務だけでなく、事業の実務と戦略性を十分に理解して評価でき、当然ながら財務諸表を理解し、財務戦略との融合を図っていけるような人材を育てていく必要があります。特に主任(係長)・課長・部長クラスで、そうした事業感覚がある人材を育てなければなりませんが、部長クラスになって初めて「やってみろ」と命じられても対応できないでしょう。やはり主任クラスから意図して教育を始める必要があります。

──日立製作所グループでは、具体的にどのような育成策を取られていますか。

 各カンパニーに財務部門がありますが、事業の企画部門に財務担当者を入れたり、逆に財務部門の中に事業計画を財務的な視点で評価する組織を作ったり、さらに計画的育成のため財務部門に人材育成担当者を配置したりしています。また、M&Aの直接窓口となる事業開発部門にも、財務の担当者を置いています。ちょっと残念なのは、GEなどと違いコーポレート部門が使える経費は少なく、M&A専任のスタッフを拡充できていないことです。これは今後の課題でしょう。

 いずれも一生その部署で働くというわけではなく、基本的にはローテーション人事で回し、人材を育てています。学びの基本は人材配置とOJT、研修会などです。

──財務部門の人材が、積極的に事業戦略に関わっていけるようになるためには、どのような環境が必要だと思われますか。

 一つは評価制度です。IFRSに象徴されるような国際財務会計基準を取り入れるのであれば、業績評価と人事評価はセットであるべきですので、人事評価の基本的な体系も見直さなければなりません。グローバルなM&Aではなおさらです。

 もう一つは、役割を狭くしないことだと思います。立てられた目標を実現するためにPDCAを回すわけですが、「財務の仕事はこれ」、と範囲を狭めてしまうと育成はできません。やはり、プロフィット・センターとしての事業を成長させる上での一翼を担っているという実感こそが重要であり、そのためにはさまざまな事態に対して財務的な視点から評価し、課題を明らかにして必要な対応を練り、提案していく活動が財務の担当者にも求められ、それを周りが当然と思わなくてはなりません。つまり財務担当者であろうと金勘定に終始するのではなく、成長のためのエンジン、仕組み、仕掛けを提案できるような環境をつくりださなければなりません。だからこそ人材の育成に当たっては、主任クラスから始めなければならないと思うのです。

──本日はありがとうございました。

聞き手:山田 晴信
日本CFO協会 M&A部会座長/日本CFO協会理事
元香港上海銀行在日副代表 兼 副CEO

M&A部会について
日本CFO協会は、日本企業のM&A力向上のための情報交換の場としてM&A部会を2014年に発足し、先進企業の経営者・CFOや第一線で活躍するM&Aの専門家などをお迎えして、国内外におけるさまざまなM&Aに関するコンテンツやケースをご紹介させていただき、参加者の皆様が議論をしながら相互研鑽できる場をご提供しています。
https://www.cfo.jp/study_and_interaction/ma_grp/

2015年9月25日

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