2015年5月18日
イノベーションはチーム組織から生まれる
久原 正治
昭和女子大学 グローバルビジネス学部長
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①なぜ日本企業は強みを捨てるのか:長期の競争vs.短期の競争
小池和男
日本経済新聞出版社 2015年2月 -
②The Innovators: How a Group of Hackers, Geniuses, and Geeks Created the Digital Revolution
Walter Isaacson
Simon & Schuster, 2014
経済学者のシュンペーターによると、イノベーションとは創造的破壊による新製品・サービス、新生産方法を創り出すプロセスである。経済の発展にはイノベーションが不可欠である。イノベーションの担い手を起業家(アントレプレナー)と呼び、それは独立して行動する個人あるいは組織の一員である。一般にアメリカでは天才的な個人のアントレプレナーがイノベーションをリードしており、起業活動の低調な日本ではイノベーションが最近生まれないとよく言われているが、それは本当であろうか? 日米のイノベーションの実態を分析したこの二つの近著を読むと、実は、それが組織的なチーム活動から生まれてきているという共通点がよく分かる。
『仕事の経済学』で有名な小池和男氏は、人材形成についてさまざまな業界の現場ベースのヒアリング調査で国際比較することで、優れた企業は、人材を長期的視野により現場ベースで訓練する共通の特徴を持つことを実証的に明らかにしてきた。小池氏は80歳を超えた現在も精力的に持論を展開しており、最近刊の①で、イノベーションには長期の現場の人々の働きが重要で、洋の東西を問わず長期雇用を前提とする企業の重要メンバーがお互いに切磋琢磨する企業が、企業内イノベーションを起こしながら長期の競争を勝ち抜いていることを、コンビニ、ソフト産業、投資銀行、自動車産業の例を挙げながら論証する。
企業がイノベーションを生むのは、企業内で訓練を受け企業に長期間に貢献する主要な従業員によるのだという一貫した主張は一定の説得力がある。最後に著者は企業が長期の競争に勝ち抜く条件として、長期視野の従業員代表を取締役メンバーとして重視すべきであると主張する。株主主権の短期志向に陥り、イノベーションを生まなくなった日本の消費者向け電機産業と、プリウスのようなイノベーションを生み出した長期志向のトヨタのような事例を見ると、著者の主張は傾聴に値する。
②は、Timeの編集長やCNNのCEOを務めた後、現在アスペン研究所CEOでスティーブ・ジョブズなどの著名な伝記作家でもあるアイザックソンの手になる大著で、1830年代の産業革命の時代にさかのぼり、現代までのコンピューターとインターネット革命をリードした旗手たちの創造と失敗の歴史を多くの技術的な挿話を交え具体的に描いており、読み応えがある。そこでの主張は、デジタル分野のイノベーションは非連続で革命的なように見えるが、実はそれまでのイノベーションのアイデアを発展させ拡張したものが多く、少数の奇才たちのアイデアが、広範な領域から異なる専門家を集め、協働作業を行う組織のチーム活動と結びついた時に、創造的な仕事が生まれるということになる。
本書では、大学などでの個人の発明が、軍や政府の研究所、AT&TのベルラボやXeroxのPARCなどとの長期に渡る組織的協働作業と結びついて、何人かのビジョナリーがそれをリードしてイノベーションが生まれてきたことが説明されている。ビル・ゲイツにしてもスティーブ・ジョブズにしても、そのような組織の結節点にいた技術と生産デザインの両方が分かるビジョナリーであり、デジタル革命は一人の天才による偉業ではなく、既存の発明をベースにさまざまな異なる専門家が集まってチームを組み、お互いに顔を合わせて協働作業を行う中から生まれるという主張は、最近のシリコンバレーの動きを見るまでもなく説得的だ。
こう見ると、当初はかけ離れた話に見えた小池の主張とアイザックソンの主張には、イノベーションにおける長期的な組織員のチームワークの重要性という点で重なる部分が見えてくる。
2015年5月18日