2016年9月15日
「働き方改革」は、会社のため
磯山 友幸
経済ジャーナリスト
元日本経済新聞記者
安倍晋三首相は「働き方改革」を今後3年間の最大のチャレンジと位置づけ、雇用慣行などの見直しに取り組む意欲を見せている。2016年8月3日に行った内閣改造で、一億総活躍担当大臣だった加藤勝信氏を留任させ、「働き方改革担当」という肩書を付け加えた。働き方改革を今後の内閣の「目玉」にしようという姿勢の表れだ。
安倍首相は2012年末の第2次内閣発足以来、新たな名称を付した「看板大臣」を置いてきた。まずは「経済再生担当大臣」を置き、甘利明氏を配置してアベノミクスを打ち出した。2014年9月の改造では「地方創生担当大臣」を置き、安倍首相の対抗馬と目された石破茂氏を就任させた。次いで、2015年10月の改造では腹心だった官房副長官の加藤氏を「一億総活躍担当大臣」に抜擢している。
では、「働き方改革」で安倍内閣は何をやろうとしているのか。
今打ち出されているのは「同一労働同一賃金」や「長時間労働の是正」、「最低賃金の引き上げ」といった政策だ。働く場を確保すると共に、雇用条件を改善しようという政策が目立つ。労働者の権利を拡充する政策だ。
同じ仕事をした場合、同じ賃金を得られる「同一労働同一賃金」は長年にわたって労働組合や左派政党が主張してきたもの。2015年後半に安倍首相が政策の柱として掲げた背景には、2016年7月の参議院議員選挙があると見られてきた。ところが、選挙に勝利した後も安倍首相は「働き方改革」の旗を降ろすどころか、本気で取り組む姿勢を見せている。「この国から非正規雇用という言葉をなくす」という主張には、野党ばかりか、誰も反対できない。
契約社員などの非正規雇用問題が社会問題になったのは2008年のリーマンショックの後だった。大手企業が非正規社員を雇用の調整弁として雇い止めを行ったことから、職を失い不安定な生活に追い込まれる人が増えた。
アベノミクスによって雇用は着実に増えているものの、非正規の割合が大きくなったと野党は批判する。安倍首相が非正規問題に真正面から取り組むのも、こうした批判をかわす狙いがあるのは明らかだ。
一方で、雇用条件の改善がやりやすい環境になってきたことも背景にある。ほぼ完全雇用状態になる中で、人手不足が深刻になり、雇用条件を改善しなければ人材を確保できないという「実態」に企業は直面している。一時期「ブラック企業」の代名詞とされた深夜の外食チェーンなどは、時給を大幅に引き上げても人材を確保できず、営業が継続できない店舗も出始めている。
安倍内閣は最低賃金の引き上げにも積極的。2016年度の全国平均の最低賃金は823円と1年前に比べて25円引き上げられた。全国すべて700円以上になった。最低賃金は安倍内閣が発足して以降、1割近く上昇したことになる。企業業績の改善を賃金上昇に結びつけ、さらに消費増へともっていく「経済好循環」を掲げており、そのひとつの方策として実施されている。
もともと安倍内閣は2012年にアベノミクスを始めた当初から、雇用制度改革に前向きだった。最初は、解雇ルールの明確化や解雇時の金銭補償などに取り組む姿勢を見せた。また、ホワイトカラー層に労働時間ではなく成果による報酬を認める「ホワイトカラーエグゼンプション」などの導入にも前向きだった。
要は企業側が求める「労働改革」に優先して取り組もうとしたわけだ。これに労働組合などが強く反発。前者には「首切り法案」、後者には「残業代ゼロ法案」というレッテルが張られ、改革案を引っ込めざるを得なくなった。
今、取り組もうとしている「働き方改革」もこうした流れと反対に進んでいるわけではない。日本企業の収益性を高めるために、労働生産性を引き上げるという狙いが政策の根底にある。だが、そこに着手する前に、働く側のメリットになる政策から始めようとしているのだ。
もちろん、企業にとって、労働コストの上昇はマイナスに違いない。だが、これを収益性改革の好機と捉えるべきだろう。高い労働コストに見合う生産性を上げる企業体質への切り替えこそ、アベノミクスが求めてきた日本企業が「稼ぐ力を取り戻す」一歩になるに違いない。「働き方改革」は労働者のための改革のように思われがちだが、間違いなく会社のための改革とみていいだろう。
2016年9月15日