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2025年7月1日 

米国弁護士 秋山の視点
過度なパワハラ規制が国を亡ぼす
―経営者は経営する権利と責任を取り戻せー

秋山 武夫

ニューヨーク州弁護士

はじめに

 私がアメリカ人の友人で雇用を専門とする弁護士に「日本にはパワーハラスメントと言う法概念があるが、アメリカでは雇用におけるハラスメントを規制する法律はあるか」と尋ねたところ、彼は皮肉まじりにこう答えたー「パワーハラスメント? それはアメリカのカルチャーだ」と。アメリカにはパワーハラスメントという法律用語はない。パワハラは和製英語である。ハラスメントそのものを禁止する法律もない。

 ハラスメントの対象が、女性、障害者、人種といった特定の保護カテゴリーに属する者に向けられた場合、雇用機会均等法上の違法な差別となるが、全員を対象に同じようにすれば差別がないので違法とはならない。もちろんハラスメントが行き過ぎ、部下を殴って怪我をさせたような場合にはアメリカでも日本と同じように「傷害罪」や「不法行為」として法律違反となるが、これは刑事、民事上の一般規程に過ぎない。

チームプレーの国アメリカ

 野球に例えればわかるように、チームとは異なる機能を持ったものの集合体であり、9人のプレイヤーがそれぞれ固有の役割と責任を果たすことにより成り立っている。

 ビジネスの世界も同じである。経営者は会社から与えられたミッションを実現するための戦略を立て、ビジネスモデルを構築、これを実施するためのチームを構成、各メンバーの役割を定義し、必要な人材を確保、人を動かすことによって経営をする。そのため経営者(上司)は各人の役割を部下に指示、指導、命令をし、問題があればこれを指摘し、場合によっては注意、叱責、処分などの一連のマネジメント行為を行う。リーダーシップのあり方は上司の個性によっても異なるが、こうした行為をパワハラと称し法的制裁の対象とすることは、経営者の本質的な機能を否定するに等しく、会社が経営者に対し責任を問うことができなくなるということを意味する。その結果、組織は機能不全となり、システム障害を起こす。アメリカではパワハラという概念は存在しない。

日本におけるパワハラ

 一方、日本ではどうであろうか。厚生労働省のパワハラ指針(ガイドライン)ではパワハラの要件として以下の3つが挙げられている。

① 優越的な関係を背景とした言動であること
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
③ 労働者の就業環境が害されること

 このうち②、③の定義が極めて抽象的で、上司の品性や、「キツイ」「馬が合わない」といった主観的事情でパワハラが成立するケースも起こりうる。上司が部下に対し、正当な業務指導や目標達成のプレッシャーをかけただけでもパワハラとみなされる風潮があり、組織内で過度に委縮的なマネジメントが広がる。経営者としてのロールモデルはなにか、という人事政策の領域にまで法が介入すれば、経営者の経営上の裁量や自由な判断を制限することにもなる。国や裁判所は経営者に代わって経営を行うことはできない。

 このように、ガイドラインの内容には極めて疑問の残るところではあるが、さらに問題なのは、この指針があたかも法的義務違反かどうかの判断基準だと誤って認識されている場面が多いということである。組織内部でも指針違反がイコール懲戒処分や法的責任と早合点されたり、報道や世論がパワハラ認定イコール違法行為、懲罰行為と決めつけたり、といった現象も起きている。単なる行政ガイドラインが、社会的制裁や企業活動を拘束する事実上の法律のような地位を獲得してしまっていることは極めて不健全であり、ガイドラインに過ぎないものを法と同列に扱って、制裁を課そうとする社会的風潮は極めて危険である。

結論

 日本ではパワハラという概念が一人歩きをし、組織運営や人材育成の現場で深刻な歪みをもたらしている。その構造はアメリカと対照的である。職務上の正当な指導であるかどうか、深夜までの残業が必要かどうかは本来経営者の責任と判断によるべきものであって、裁判所が決めるものではない。

 国それぞれによって、社会的な背景、事情は異なり、パワハラ規制のレベルも異なってしかるべきではあるが、日本の現状は経営者の意欲を削ぎ、従業員甘えの体質を助長し、集団無責となる。経営者が第一のステークホルダーである株主に対する責任を果たすために行った熱心さ故の勇み足が、パワハラとして認定され、制裁を課されるのは、まさに「角を矯めて牛を殺す」ようなものではないか。

Profile

秋山 武夫(あきやま たけお)

一橋大学法学部卒業後、1969年丸紅に入社、以来50年にわたり国際法務の現場で活躍。75年ワシントン大学ロースクール卒。85年ニューヨーク州弁護士登録。87年丸紅退社。Winthrop Stimson Putnam Roberts (現在のPillsbury Winthrop Shaw Pittman法律事務所)で活動。18年間の丸紅勤務で米国の弁護士サービスを利用する立場から、また32年間の米国弁護士事務所のパートナーとしてサービスを提供する側から、日系企業が米国で巻き込まれる法律問題の変遷を見てきた生き証人で、著書に『司法の国際化と日本』(幻冬舎、2022年)がある。

2025年7月1日

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