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2018年1月15日 

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グローバル・コミュニケーション

国際コミュニケーション戦略とは何か
─トップマネジメントの役割─

本名 信行

一般社団法人グローバル・ビジネスコミュニケーション協会 代表理事
青山学院大学名誉教授

猿橋 順子

青山学院大学教授

はじめに

 企業の国際コミュニケーション戦略(International Communication Strategy、以下ICS)とは、企業が自社の企業理念・目標を追求する際に求められる国際コミュニケーション活動の分野と方法を定めたものである。企業はミッション・ステートメントと同様に、ICSを明文化することが望ましい。

 トップマネジメントや現場の個人が、いろいろと考えをめぐらすことがあっても、明文化されなければ、全社的に共有されることがなく、戦略的に実行されることはないのである。明文化にあたっては、ICSの概要を記すものもあれば、詳細を提示するものもあるだろう。次に、概要の例を挙げてみる。

 「当社は社是“私たちの製品を世界のすべての人々に”を実行するために、企業活動のすべての分野で国際コミュニケーションを推進する。そして、その戦略を策定し、実現を司る部署として『国際コミュニケーション推進本部』を設立し、予算措置を図る」

 このように明文化されてあれば、これに基づいて企業活動の各分野(広報、営業、人事、マーケティングなど)の施策対応が具体的に検討される。繰り返すが、ICSは企業理念・目標と同様に、トップマネジメントから現場にまで浸透したものでなくてはならない。トップマネジメントはそれを促進し、ICSを主導しなければならない。

トップマネジメントレベルのICS

 多くの企業が企業理念、経営理念を持っているが、まずその中にICSの観点が盛り込まれているかを確認してほしい。企業理念には「お客様の期待」や「お客様の満足」といった表現が多く見られる。その場合「お客様」とは一体誰を想定しているのだろうか。日本国内の諸地域を活動域として想定している場合、そこに暮らす日本語を母語としない人々や手話話者などは想定の範囲に入っているだろうか。世界を想定している場合、それは国際言語としての英語(No.87「日本企業と国際言語としての英語」参照)を話す人々と想定されているのか、それともそれぞれの国の国語を話す人が想定されているのだろうか。

 トップマネジメントレベルでそこまで細かいことを言うのかと思うかもしれないが、要はどこまで多様な言語話者を想定しているか、という課題である。人が国境を越えて活発に移動するグローバル化社会において、国や地域という発想だけでは不十分で、言語圏という発想で企業活動を考える必要が出てくる。eコマースを駆使している場合はなおさらである。

 従来から、企業が扱う商品が有形の製品なのか無形のサービスなのかは、企業のコミュニケーションの有り様を考える際の重要な指標であった。有形の場合、製品そのものがその価値を体現するが、無形のサービスの場合はコミュニケーションそのものが価値となると考えられてきた。

 しかし、グローバル化は価値とライフスタイルの多様化を生み、有形の製品にも背景となる物語が重視されるようになった。米の「コシヒカリ」はその味や価格によってだけではなく、日本産であることや生産者の思いや栽培過程が見えること、そこに付加される価値によって世界中の消費者の信頼を得る。そこで重要になるのが、日本の風土、文化の中で培われた商品であるかどうかという観点である。有形であれ無形であれ、日本の中で育まれた商品を扱うのであれば、単に外国語で発信できるというだけでなく、日本文化になじんでいる人にとって自明なことも、言語化して説明するコミュニケーション能力が必要となる。いや、その国際コミュニケーション能力が商品価値を決めると言っても過言ではなかろう。

 観光業を例に考えると、外国人観光客の増加によって、これまで日本人が価値を見いだしてこなかった観光資源が注目されるといった話は枚挙にいとまがない。同時に、外国人旅行者は彼らが培ってきた旅の行動様式を持ち込む。それは地域住民を困惑させたりもする。旅行業に携わる企業は、どこまでも外国人旅行者の関心とニーズに沿うという選択をするのか、あるいは日本で培われてきた観光資源的な価値を外国語で伝える役割も担うのか、それとも外国人旅行者によって発見された観点から、地域の人々と共に新たに観光資源を育てるのか。文化の媒介者としての立ち位置を問われている。

 ICSを考えるということは、伝統的なビジネスの観点である、①地理的にどこでビジネス展開をするか、②自社の商品は有形財か無形財か、ということに新しい着眼点を付与することでもある。すなわち、③どの言語話者を顧客あるいは株主として想定するのか、④どの文化で培われた商品を提供するのか、という視点である。だから、ICSはトップマネジメントレベルで発議されなければならない。

ICSの実践

 ICSはトップマネジメントのレベルでの議論に終始してはならない。企業理念・目標から検討されたICSは企業全体に浸透しなければ意味がない。トップマネジメントのレベルで策定されたICSに基づき、それぞれの部門でそれを具体化する政策が整えられる必要が生じる。

 最も重要な取り組みのひとつは、それを担う人材の確保である。言語のニーズに応じ、その言語に精通している人材を新たに雇うという発想もある。企業内にすでにそこを補う人材がおり、それに気づいていないだけという可能性もある。多くの企業は英語力にのみ注目しており、社員が持つ英語以外の言語能力を把握していない。市役所や警察など、地域住民の言語多様性に対応する必要に迫られている公の機関では、組織内部の人員の言語能力を広く調査し、窓口対応や捜査に役立てている例がある。

 学生時代に教育課程で、あるいは社会人になってから語学学校で、英語以外の外国語や手話を学習した経験を持つ人は少なくない。しかし、それを使用する機会がなければ能力を維持することはできない。こうした社員が持つ潜在能力に着目することでICSの可能性が飛躍的に開ける。

 それで補えない場合、新規採用の際にその点を配慮した採用活動をすることもできるだろうし、言語面の業務を外部委託する可能性も検討されることになる。こう考えると、ICSの実践には既存の部署がICSを理解し、互いに協力する体制が必要であることが分かる。関係部署をつなぎ、全体を俯瞰する意味で、ICS専門の部署を新たに設置することも有用になろう。その部署はトップマネジメントレベルのICSから、現場までをつなぐ横断的な組織でなくてはならない。ICSの共有と浸透については次号でさらに詳しく見ていくこととする。

おわりに

 こうしてみると、ICSはすでに企業の中に暗黙のうちにあり、実践もなされていると気づくかもしれない。顧客の中に日本語に精通していない人がいれば、何語なら分かるのかを探り、その言語ができる社員に接客させるとか、新たに雇うといったことはすでに行われている。

 新宿駅周辺の携帯ショップを見ると、「ベトナム語OK」「ネパール語で接客します」といった看板表記を掲げている店舗を見かける。聞いてみるとベトナム人の客が増えているが、商品説明や契約時のコミュニケーションに問題があることを認識したため、ベトナムからの留学生をアルバイトとして採用し対処しているという。ベトナム人を採用したことは、既存の言語問題を解決しただけではなく、口コミでベトナム人の顧客を増やすことにつながっている。

 このような努力は現場レベルですでに行われている。トップマネジメントは自社のICSの観点から、そうした企業努力が今後ますます重要になることを確認し、全社的な方向性を提案するよう期待される。

2018年1月15日

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