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2017年8月17日 

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グローバル・コミュニケーション

インド英語の万華鏡

本名 信行

一般社団法人グローバル・ビジネスコミュニケーション協会 代表理事
青山学院大学名誉教授

はじめに

 日本企業はこのところ、インド英語に注目している。政治、経済、ビジネス、文化、観光、学術などの分野で、日印交流と協働が広がっているからである。インド人の話す英語は、イギリス人やアメリカ人の英語とはだいぶ違う。日本人とインド人の英語コミュニケーションを進めるためには、インド英語の正当性とその言語的文化的特徴を知る必要がある。

インド人とインド英語

 インド人の英語に対する取り組み方は、日本人の学習者にも大いに参考になる。インド人は英語を第2言語、あるいは第3言語として学習する。だから、当然のことながら彼らの英語の発音や抑揚は、彼らの母語であるヒンディー語やタミル語などの影響を受けている。しかし、インド人はこのことをあまり気にしない。この態度はおもしろい効果を生んでいる。

 つまり、彼らはインド式の英語の発音や抑揚の仕組みを確立し、それをうまく使いこなすことに成功した。イギリス式の音韻体系を厳密に模倣する必要がなくなった分だけ、語彙や表現や構文の学習に努力と注意を集中することが可能になったのである。彼らの多くは複雑な文章を駆使し、実に淀みなく華麗な英語を話す。

 興味深いことに、このようなイギリス臭のとれた英語は、海外でもけっこう評判がよい。アラブ諸国ではこの英語の特徴に注目して、インド政府に英語教師の派遣を依頼している。インドは英語教師の輸出国なのである。同じことは、規模こそ小さいが、パキスタンやバングラディッシュやスリランカについてもいえる。

 もちろん、インド人教師はインド英語を海外に広めようなどとは考えていない。彼らは自分の学習経験にもとづいて、英語に対して主体的に取り組む態度を培っており、それが諸国の人々の共感を得るのである。また、彼らの英語運用能力の高さは、英語の利便性を強調する人々の手本になっている。

礼節の表現

 インド人は礼儀を重んじ、謙虚な態度をよしとする。このためか、彼らはkindという語を実によく使う。kind information(ごていねいなお知らせ)、kind consideration(ごていねいなお計らい)、kind presence(お心のこもったご出席)、kind encouragement(ご親切な激励)、kind notice(ご親切なご通知)、kind attention(ご親切なご注意)、kind interest(ご親切なご関心)などといった具合である。

 また、インドでは、“May I know your good name, please?” という言い方を、よく耳にする。「お名前をお伺いしてよろしいでしょうか」の意味だが、your good nameには思わず恐縮してしまう。しかし、こう言われて、悪い気はしない。アメリカ人やイギリス人がこう言わないからといって、これを変な英語とみるのは禁物である。

 ビジネスレターでは、“Your esteemed order has been duly noted.”(ご注文はたしかに承りました)などとすることもある。“your esteemed order” とはなんと、「ご注文」のことである。もっとも、このような冗長な言い方は段々とすたれてきており、今日ではなるべくシンプルな表現をするようになっている。

華麗な言い方

 インド人は文学、とりわけ詩を愛する人々である。英語の学習でも、とくに一昔前は、19世紀の英文学を教材にしていたそうである。そのため、彼らは古典的で、文学的なことばを好む。私がインドで出会った大学生に、“You speak English very well.”と言ったところ、 “Thank you. I have toiled on it for many years.”(toil on「せっせと精を出す」 )という答えが返ってきた。

 「死ぬ」と言うのに、dieとはあまり言わない。pass awayでも満足しない。その代わりに、breathe one's last(最後の息を引き取る)とかleave for one's heavenly abode(天国の住処に旅立つ)のように言う。彼らの英語が華麗といわれるのは、そんな傾向を指してのことである。

 インド人は学校で文学作品に出てくるイディオムをたくさん学ぶ。そして、それらをよく使う。“Life is not a bed of roses, but a hard nut to crack.”(人生は薔薇の床にあらずして、艱難辛苦にあり) のような言い方は日常茶飯事である。“How is life spinning at your end? I hope this letter finds you in the pink of health.” (人生いかがお過ごしですか。貴殿のご健勝を祈願するしだいです)のような手紙の書き出しもある。

 アメリカ人やイギリス人はインド人の英語のことをbookish(本のような、堅苦しい、文語調の、古臭い)と言うことがある。インド人はこれに悪びれることはない。ある有名なインド人の英語学者は私に、“My English is bookish, because I learned English from books.”と言ったことがある。彼女は教養のあることを誇りにしていた。

 そして、インド人はことばを飾り、大げさな表現が大好きである。たとえば、very, extremely, mostなどを似たような意味をもつことばに重ねる。very vital, very best, very perfect, very unique, extremely excellent, most essentialなどは、めずらしいことではない。さらに、one year's continuous service without break(1年間休みなしの継続ご奉公)のような冗長な表現さえもある。

 TIME誌(February 27, 1995)は、このようなインド英語を “Inglish” と呼んで、からかったことがある。たとえば、“I will furnish (=give) the information.”(情報を提供する)とか、“Please intimate (=let us know) your departure.”(出発時間をご通知ください)などと言ったりするからである。ただし、これはお国柄とでも考えるべきで、一方的な価値判断を下すべきではない。インド英語はインド人のための英語であり、その幅は広く、奥は実に深い。

おわりに

 インドは12億の民を有する世界最大の民主主義社会である。日印両国が政治的経済的関係を深めるにつれ、ビジネス、観光、文化、そして留学などで、日本人とインド人が出会い、触れ合う機会が増えると予想される。インド人の英語に耳を傾け、発音、語彙、文法、コミュニケ―ション・スタイルなどの特徴に慣れたい。日本人にとって、「これはよい」と思うことが多々あるはずである。

2017年8月17日

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