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2017年4月17日 

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組織の中の個人の生き方を考える
─映画 沈黙とスコセッシ監督─

久原 正治

久留米大学理事
昭和女子大学現代ビジネス研究所 特別研究員

 映画は世界の組織を見る鏡となる。マーティン・スコセッシは、主人公の内面に肉薄した映像表現に優れ、現役の世界の監督の中でトップクラスの評価を得ている名監督である。版を重ねるアメリカの大学の映画論の代表的テキストUnderstanding Movies(Louis Giannetti著、全579ページ、手元にあるのは2004年の第10版)の索引で見ると、ヒッチコックが24カ所、チャップリンとフェリーニが17カ所、黒澤が16カ所、ジョン・フォードが14カ所で引用されているが、現役ではスコセッシは9カ所と、キューブリックの8カ所、ポランスキー、スピルバーグの7カ所、ウディアレンの6カ所を上回る最多の引用数となっている。

 スコセッシはシチリア系移民2世としてNYクイーンズのリトルイタリーで生まれ育ち、幼少時から映画マニアとして黒澤明やロッセリーニ、ルノワール等の世界の名監督の影響を強く受け、ニューヨーク大学で映画学の修士を得た生粋の映画人である。その生まれた環境から幼少期はカソリックの神父かマフィアを夢見たようで、彼の映画ではカソリックやマフィアの組織の腐敗とその中での個人の生きざまを追求するテーマが多い。それらは日本の組織が伝統的な家族主義的組織からグローバル化の中で欧米型の組織に移行しようとする中で、個人の生き方が従来以上に問われるようになった我々日本人の参考になる。また、これらの映画を見ることを通じて、宗教心の少ない一般の日本人にとって理解するのが難しい、キリスト教(カソリック)が欧米の組織や個人の思考や生き方に及ぼす影響の背景を理解するのにも役に立つといえる。

 さて、今回取り上げるのは、キリスト教を禁教し鎖国体制に入った日本を舞台に、弾圧される貧しい日本人信徒、弾圧する幕府組織の役人たち、身を捨てて布教を図るポルトガル人神父たちの各々の苦悩をテーマとした、スコセッシ監督の最新作、2017年1月に封切られた「沈黙-サイレンス-」である。遠藤周作の原作を読んだ監督が28年にわたり構想を温めてきたというだけあって、見ごたえのある力作となっている。尊敬する師が日本での拷問に耐え切れず「キリスト教を棄てた」と聞き、ことの真相を確かめようと日本に潜入する若き神父は、教団(神)が日本の貧しい信者たちの苦境を助けることもできず、弾圧に翻弄され悩む中でついに神を捨てるに至る。

 私はこの映画の中で、キリスト教弾圧側のトップとして主人公を苦しめる宗門奉行井上筑後守の生きざまに興味を持った。井上筑後守は幕府の大目付として日頃から和蘭風説書(年に一度来日するオランダ船がもたらす世界情勢を将軍に報告する書類)を熟読し、日本を取り巻く国際情勢をよく理解していた。彼は、鉄砲とキリスト教で世界制覇を目指すスペイン・ポルトガルの野望に気づき、商業貿易に専念するイギリス・オランダ側と交際を深めていた。自らはキリスト教に一定の理解を示しながらも(個人的に一時キリスト教に帰依したといわれる)、江戸幕府の長崎、対馬、薩摩、蝦夷の4つの窓を通じて管理された鎖国という海外との交流の国際戦略を遂行するために、組織のリーダーとしてキリスト教徒弾圧の指揮を執った井上筑後守の深い苦悩を、スコセッシはよく理解し丁寧に描いている。その他の登場人物もよく掘り下げられ、2時間半以上の長い時間、観客を主人公たちの苦悩と葛藤の観察に引き込む内容の濃い映画にしている。台湾でロケされたようだが映像も美しい。

 この映画を見てスコセッシ監督が好んで取り上げる組織とその中で苦悩する個人の生きざまのテーマに興味を持った方は、さらに次の二つの、表面は娯楽作品だが組織と個人の葛藤をよく描いた優れた作品を見られるのをお勧めする。The Departed(デパーテッド:2006年オスカー監督賞受賞)とGoodfellas(グッドフェローズ:1990年オスカー作品賞ノミネート)の2本である。The Departedはヒットした香港ギャング映画のリメイクで、場所をボストンに変え、警察組織とマフィア組織にお互いに潜入し合うアイルランド系移民の幼馴染が、組織に裏切られる中で個人の生き方を追求していく。Goodfellasはニューヨークのイタリア人街に育ちマフィア組織の一員となることを夢見たアイルランドとイタリアの双方の血を引く主人公が、純粋イタリア人しか幹部になれないマフィア組織に疎外感を感じるようになっていくさまを描いている。

  • silence

    「沈黙-サイレンス-」

    原作:遠藤周作「沈黙」(新潮文庫刊)
    監督:マーティン・スコセッシ
    配給:KADOKAWA
    Copyright:(c) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
    http://chinmoku.jp/

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2017年4月17日

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