• FAQ/お問合わせ
  • マイページ
  • 会員ログイン
  • CFO FORUM
  • CHRO FORUM
  • CLO FORUM

CFO FORUMトップへ

CFOFORUM

2016年8月18日 

books_t

文系学部不要論を考える
~役に立つ文系教育

久原 正治

久留米大学理事
経営学博士

  • 73_books_fig01

    ①「文系学部廃止」の衝撃

    吉見俊哉
    集英社新書 2016年2月

  • 73_books_fig02

    ②The Intellectual Venture Capitalist:
    John H. McArthur and the Work
    of the Harvard Business School, 1980-1995

    Thomas K. McCraw & Jeffrey L. Cruikshank
    Harvard Business School Press, 1999

 教員養成系学部や大学院の見直しを意図した2015年6月の文科省通知『国立大学法人等の組織および業務の見直し』が「人文社会科学系」全般の見直しと誤解され、マスコミが「文系学部廃止」報道騒ぎを引き起こしたのはまだ記憶に新しい。この欄の読者の皆さんの多くは文系学部の出身であると思われるが、それぞれにご自身の体験をベースに大学教育に対するご意見をお持ちのことと思う。そこで今回は、文系大学教育の現場から改革を提言し実行してきた教育者たちの著作の中から、この問題を考えるのに格好の日米の2冊の本を紹介したい。

 ①はメディア論の高名な教授で東大副学長として大学改革にもかかわった著者が、文系教育の位置づけとその未来へ向けての役割を見直した、新書版の読みやすい大学改革論である。著者は、文系教育を長期的視点で世界を理解するのに役に立つ思考の枠組み(パラダイム)を身につけさせる教育と位置づける。たとえばコペルニクスは地動説の天文学者としてではなく、世界を見るパラダイムを転換させた巨大な文系の知を持つ学者であったと位置づけ、そのようなパラダイムを転換させる学問としての文系教育の有用性を指摘する。

 そこでは、既存の学問を批判する方法をアクティブな議論を通じて身につけるような学習が、その後のパラダイムの転換につながるとされる。すなわち、環境が激変し多様性が進む中で、ハード知識の習得に偏重した文系教育ではなく、議論の方法や論文の書き方などのソフトスキルの習得を通じ、人々が人生の途上で新たな人生に取り組もうとする際に役に立つ思考の方法を身につける文系教育を著者は推奨している。

 評者も、20年近く文系教育に携わり、旧態依然とした講義や輪読中心の文系教育がいまだに行われていることに問題があると考えている。留学生や社会人を含む多様なメンバーによるアクティブな議論や共同作業を通じた論理や思考法の習得といったソフトスキルの習得こそが、生涯続く学びへの基礎となることを実感している。

 ②は、ハーバード・ビジネススクール学長を1980年から95年まで勤め、さまざまな企業家的な試みによって、社会に必要とされる経営リーダー教育の現在の形を作り上げたジョン・マッカーシー教授の偉業をたたえて、1996年秋に3日連続で行われたシンポジウムの記録をまとめたものである。

 世界のビジネス教育をリードしてきたハーバード・ビジネススクールも、教育やビジネス環境の変化とともに、大きな変革を要請される時期が何度もあった。中でも実行力のある経営リーダーがより必要とされるようになった環境下でのマッカーシー学長の改革は特筆に価する。そこで彼は、IT、グローバル化、企業家精神、リーダーシップを切り口に、従来の細分化された学問分野を境界を越えて統合し、教育と研究を実際のビジネスが直面する問題の解決の視点から一体化させ、そのために必要な人材や資源に集中的に投資を続けて行った。

 本書では、マッカーシー学長がベンチャー精神を持って特に改革に力を入れた8つのプロジェクトの動きが、具体的にその実行に当たった責任者たちによって描かれている。8つのプロジェクトとは、「技術とオペレーションマネジメント」「グローバル金融システムプロジェクト」「競争と戦略グループ」「企業家マネジメント」「組織と市場」「サービスプロフィットチェーン研究」「倫理、組織とビジネススクール」「経営史」で、これらの改革がビジネス教育のパラダイムシフトともいえる長期的な視点で行われたことが語られる。市場資本主義に行き詰まりが見られる中で、「市場と組織」をその原理から比較する研究プロジェクトや、「経営史」という日本では経済や経営学部でのリストラ科目の最初にあげられることが多い分野を、長期的な視点から重視する姿勢などは、今日のビジネス教育・研究の重要な視点を先取りして示唆していたといえる。

 アメリカでもビジネススクール不要論は繰り返し語られてきた。最近では90年代以降、一流ビジネススクール出身者が虚業の投資銀行に殺到し、そこで儲け主義に走ったことが、金融危機を招いたと批判されている。しかし、このマッカーシーの改革では、ビジネスの長期的な課題の学際的研究と教育とを結合させることで教育プログラムの有効性を高め、また社会的な価値を常に考えることで持続的なビジネスの視点を教育・研究に導入するなど、ビジネス教育の本質を考える際に重要なことがいくつも実行されている。評者たちは2000年に立命館アジア太平洋大学のMBAコースを立ち上げるに当たり本書を参考にし、その後も折に触れて目を通している。本書はビジネス教育変革の基本的な考え方をわれわれの前に示す貴重な本である。

 日米いずれも大学や大学院のレベルの文系教育はさまざまな課題を抱えているが、社会の変化や要請に合わせて教育・研究の不断の改革を進めていけば、それは長期的に役に立つものであることを、この2冊の本は示しているといえよう。

2016年8月18日

このページの先頭へ