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ウォール街の役割を見直す

久原 正治

久留米大学理事
昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員

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    ①The Golden Passport:
    Harvard Business School,
    the Limits of Capitalism,
    and the Moral Failure of the MBA Elite

    Duff McDonald
    HarperBusiness, April 2017

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    ②Why Wall Street Matters

    William D. Cohan
    Allen Lane, February 2017

 今回は2017年前半の米国のビジネス書でよく読まれている洋書2冊をご紹介したい。

 ①の著者ダフ・マクドナルドは、関係者への豊富な聞き取りと資料の探索により、テーマを事実に基づき掘り下げて描くことで知られるジャーナリストで、金融危機を生き延びたウォール街のリーダーJPモルガンのジェーミー・ダイモンCEOの活躍を“Lastman Standing: The Ascent of Jamie Dimon and JPMorgan Chase”(2009)で描き、最近ではコンサルティング会社のマッキンゼーの内幕を“The Firm:The Story of McKinsey and its Secret influence on American Business”(2013)で描きベストセラーになっている。

 新著では、資本主義を支えるエリート経営層の養成校であるハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の1908年の創設時から現在までの歴史について、その背景となる資本主義環境の変遷とともに教育方針や教育内容がどのように変化し、どのような人材を提供してきたかを豊富な資料で詳しく描いており、実践的なビジネス教育に関心を持つものにとって、興味深くかつ役に立つ内容になっている。

 著者によれば、HBSのビジネス教育は、戦前は科学的管理法を学問的に完成することで合理的な大企業の管理に貢献するマネジメント層を輩出し、戦時中は数理的統計法を戦争の戦略に応用することでその後の戦略論の発展を助け、戦後はグローバル化に対応するカリキュラムの改編で大企業の国際戦略等をリードするような人材を輩出した。その結果今や27,000人を擁するその卒業生は、フォーチュン500社のマネジメント層を全米のビジネススクール中ダントツで輩出し、米国の資本主義をマネジメントの立場から支えている。その教室での教育手法は一貫して具体的なケースをもとに課題を摘出し、その解決法を考えることで、経営者としての能力を育てるものであった。

 そのような米国資本主義に経営エリートを輩出するHBSの重要な役割は、その設立時の「ビジネス上の課題を社会的に建設的な方法で解決する経営者を養成する」という理念に支えられており、それが1980年代以降変質したことを著者は批判する。80年代HBSのカリキュラム改革をリードしたジョン・マッカーサー学長は、エージェンシー理論で有名なマイケル・ジェンセン教授を雇った。ジェンセン教授は、株主第一主義で経営者は株主のエージェントであるという思想を金融理論として広めた。その影響で卒業生の多くが産業界からウォール街の高給の投資銀行等に就職するようになって、HBSの教育が道徳を持たない利益第一主義の卒業生を生み出し、株主第一主義やCEOなどの株価に基づく報酬インセンティブなどの金融資本主義の行き過ぎを助長し、2007年の金融危機に至るアメリカの資本主義の道を誤らせるのに寄与したと著者は主張する。

 マッカーサー学長の改革については1999年に出版され、私自身立命館アジア太平洋大学のMBAコース立ち上げの時に参考にした“The Intellectual Venture Capitalist: John H. McArthur and the Work of the Harvard Business School 1980-1995”で詳しく述べられており、その改革はイノベーション関連科目の取入れなど、さまざまな新たなビジネスの研究教育に貢献していると考えられる。また、HBSの卒業生で金融界に進んだ人の中には、必ずしも儲け第一主義ではない人々も多くおり、以下に述べるようにウォール街の役割は引き続き大きいので、私は著者の主張には必ずしも組しないが、HBSを描いた類書の中でビジネスの潮流と教育内容を対比しながらその歴史を詳しく描いており、良い本だと思った。

 ②の著者ウィリアム・D・コーハンは、いくつかの投資銀行勤務を経て金融関連のノンフィクション作家になった。1970年代の有名な投資銀行家ロハティンなどを擁するラザール・フレール社の興隆を描いた“The Last Tycoons: The Secret History of Lazard Frères & Co.”(2007)でデビューし、ベア・スターンズの金融危機での倒産劇を描きベストセラーになった“House of Cards: How Wall Street’s Gamblers Broke Capitalism”(2009)、ゴールドマン・サックスの金融危機を生き延びた有能なパートナーたちの内幕を描いた“Money and Power: How Goldman Sachs Came to Rule the World”(2011)などでウォール街のプレーヤーたちの内幕をわかりやすく描いている。

 新著でもわかりやすくウォール街の発展とその役割を描く。アメリカの主要産業である金融業はウォール街の発展と共にある。ウォール街はそれまで金融を得られなかった人々や企業に金融の手段を開発し、資金の余裕がある人に新たな投資機会を提供することで、さまざまなイノベーションを起こし、経済の発展に寄与してきている。ところが、2008年の金融危機以降の過度の金融規制は、そのような金融市場の自由な活動と発展を阻害し、経済全体を低迷に陥らせている。悪いのは、過度の利益に走るような報酬のインセンティブであり、ウォール街自体を悪ととらえるポピュリズムは捨てて、経済の発展に寄与する元のウォール街に戻ろうというのが著者の至極真っ当な主張である。

 私は、基本的にウォール街の役割はその害悪より大きいと思っているし、そこには有能な若者を引き付ける魅力があり、今後とも金融のイノベーションはウォール街を出発点として続くと考えている。金融は産業や経済の発展の基盤であり、そのようなイノベーションは、これまでに金融の恩恵を受けられなかった人や国にそれを可能にする。ブロックチェーンやフィンテックのような新たな技術の発展は、ウォール街の有能なプレーヤーと結びつくことで、金融の革新につながっていく。ウォール街は重要であり、歴史に学びながらその過ちを正し、その正当な役割を最新の状況を含めフォローする必要性は引き続き大きい。

2017年6月15日

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