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2017年ポストトゥルース(脱真実)と
ポピュリズム(大衆迎合主義)の厄介な世界

久原 正治

久留米大学理事
経営学博士

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    ①Lies, Incorporated:
    The World of Post-Truth Politics

    Ari Rabin-Havt and Media Matters for America
    Anchor, April 2016

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    ②ポピュリズムとは何か

    水島治郎
    中公新書 2016年12月

 前回のこのコラムでオックスフォード英語辞典が2016年の言葉に選んだ「ポストトゥルース post-truth」(客観的事実よりも、感情や個人的信念に訴えるものが影響力を持つ状況の意味)に触れ、映画「君の名は。」と「シン・ゴジラ」が2016年ヒットしたのは、大衆の願望を映画に託したポストトゥルース現象の一つであることを解説した。ウェブスター版の2016年の言葉に選ばれたのも同様の 「シュルリアル surreal」(本当とは思えないような、しかし本当に起きた〔出来事〕の意味)という言葉であった。

 この原稿は、1月20日のトランプ大統領の就任演説の翌朝、就任演説の録画ユーチューブを聞きながら書いている。トランプは、(グローバル化の中で)職を奪われ貧困に苦しみ教育も受けられないアメリカ人の大虐殺を、アメリカファーストの政策でストップするとする。このトランプの演説ほどポストトゥルースでシュルリアルなものはないようにも思える。演説の中では、オープン経済の下で繁栄し世界の優れた頭脳を惹きつけ成功した部分のアメリカは忘れ去られ、この繁栄を協力してもたらした同盟国やその企業は敵対するものと見做されている。いよいよ世界はかつてないほど不確実な時代に入った可能性が高い。トランプは主要なメディアをバイパスして直接国民に政策を語りかける手法をとる。これはポピュリズムの世界である。このような時代には我々は、その背景にあるものをきちんと分析し理解しておく必要性がある。今回はこの現象の背景を一般の人にわかるように解説した最近の本を探してみた。

 ①はアマゾンで「post truth politics」と検索して最初に出てきた最近よく読まれている本のようだ。書名の「Lies, Incorporated」とは「組織化された虚偽」とでも訳すのか、業界や企業などから資金を得た専門家が自らに都合の良い調査レポートを作り、それをメディアを通じて場合によっては資金を投じたキャンペーンを通じ国民に流すことで、政治的決定に影響を及ぼすことを指すとされる。著者とそのグループは、ジョージ・ソロスが最大の資金提供者として保守的なメディアの引き起こすさまざまな問題を調査するリベラルなメディア分析組織に所属する。本書では、表面はNPO等を装う業界や企業から資金の提供を受けた調査機関が偽りの情報を真実らしくしてメディアに流すことで、オバマ前大統領がChangeの理念の下で変革しようとした最低賃金の引き上げや銃砲安全法等のさまざまな政治的な提案をつぶしたり現状維持に追い込んだ多くの事例を、詳細にわたって取り上げ、この「組織化された虚偽」がワシントンの政治プロセスにいかに戦略的に根付いているかを示していく。

 事例は細かいものが多いのでこれを読者は読む必要はないが、この巧妙に仕組まれたメディアを通じた戦略的な偽りの情報による政治操作については理解しておく必要がある。もともとワシントンの政治は直接業界や企業の意向を受けて法案に影響を与えるロビイストの活躍する世界であった。この「組織化された虚偽」では、利害団体や企業がコストを払うが表に出ないようにして公平を装った調査機関に作らせた真実ではない証拠(Lies)をメディアを通じて大衆に信じさせることで、戦略的に政治プロセスに影響を及ぼしていることになる。メディアが重要な役割を果たすところがロビイスト活動と異なる点と思われる。

 この本に目を通して思ったのは、〈保守〉メディアが流す政治判断の裏づけになる情報には虚偽のものが多いという本書の主張が、トランプに逆手に取られて、CNNやニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといったリベラルなエリートメディアが嘘で固められているというトランプの一般大衆向けの論理を支えることにもなっているのではないかという皮肉な現実である。既成の政治に失望したリベラルな若者や知識人が直接民主主義を訴えるサンダースを支持し、どちらかといえば下層の白人を中心とする中年層が逆の立場から既成の政治に頼らず直接に政治を変えることを主張したトランプを支持した今回の大統領選は、反エリート主義で直接参加の大衆扇動型のリーダーの時代が来ていることを示している。

 ②は、このような大衆迎合主義を示すポピュリズムについて理論的歴史的に解説した良書である。新書で読みやすいのでぜひ読まれるのをお勧めする。著者は欧州政治史の専門家で、民主主義の先進国である欧州諸国に広がった移民排斥やEU批判等のポピュリズム政党を研究してきており、2年半をかけてポピュリズムについてその理論的背景をよくまとめており、問題点の複雑さを理解するのに良い。

 幅広く国民に直接訴える下からの運動の特徴を持つポピュリズムは、斬新な手法でエリートではなく広く国民に直接アピールする指導者を持ち、それは決して民主主義に相反するものではなく、民主主義の原理に内在するものとされる。そのようなポピュリズム政治においては、既存の政治エリートやメディア、高学歴層は特権層として批判の対象となり、移民排斥等のタブーを声高に主張し、大衆と直接コミュニケートするカリスマ的リーダーが出てくることが共通の特徴となる。そこでの主張の多くが、国民投票や直接選挙といった形で、民主主義の理念そのものと重なる部分が多いのだと、スイス、オーストリアやオランダなどの民主主義の成熟した欧州の小国での最近のポピュリズム政党の急拡大などを事例に引きながら指摘する。欧州各国でのこれらの政治勢力の伸長とその国を越えた協調が進んでいるが、本書を読むとその背景がよくわかる。

 このようにポピュリズムは民主主義に寄与する面もある一方で、国民の対立や分裂を招き、少数派を抑圧するリスクがある。発展した民主主義国では、一般にポピュリズム政党は社会改革や大衆の政治参加を通じた政治の活性化を進めることで民主主義の質を高めるが、そうでない国ではリスクのほうが大きくなるというのが著者の分析である。ポピュリスト政治家は現代民主主義の矛盾を体現しており、一種の大衆受けの正論を言う厄介な珍客のようなものであり、これらとうまく付き合いどう遇するかというところに民主主義の真価が問われているのだと著者は結んでいる。

 こう考えてくると、我々は厄介な時代に入っていることが実感できる。ここしばらく我々はこのポストトゥルースとポピュリズムの政治の世界の動きにうまく付き合っていく必要があるが、その背景をしっかりとらえて表面的な動きに左右されないようにすることが重要になる。

2017年2月15日

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