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2015年9月25日 

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 空調機器メーカーのダイキン工業は、海外を主なターゲットにM&Aを行い、世界に存在感を示している。同社のM&Aの要諦は何なのか。キーパーソンであるダイキン工業 取締役兼常務執行役員の髙橋孝一氏に聞いた。

明確な事業戦略あってこそのM&A

──ダイキン工業ではM&Aを、どのように位置づけておられますか。

 当社にとってM&Aは、会社の成長、事業の発展のために行う、ごく自然な経営手法です。1990年代後半から2000年代にかけて、ヨーロッパの事業拡大を進める過程で、よりダイレクトに戦略を指示し、スピーディーに実行するため、主要国の代理店を買収して持株比率100%の販売子会社にしました。これが、当社のM&Aの始まりです。買収価額は各社まちまちですが、数億円から数十億円の規模でした。

──その後の主なM&Aについてお話しください。

 グローバル中心にその後もM&Aは積極的に行っています。特徴的なものを4つほど挙げますと、1つ目は、2006年のマレーシアのOYLグループ買収です。この企業グループはアメリカ、ヨーロッパ、アジア、中国にグループ企業を持っており、この買収で数十社が当社グループに加わることになりました。

 次にドイツで暖房機器の製造・販売を行うロテックスという会社を、2008年に買収しました。ヨーロッパの暖房器具は、ガスや灯油を燃やす燃焼系ボイラーが主流でしたが、当社にはそうした暖房機器がありませんでしたし、2006年に欧州市場に投入した省エネ、低二酸化炭素排出が特徴のヒートポンプ式温水暖房機の普及や販売網の強化も狙いの一つでした。

 3つ目は、2011年のトルコの空調機器メーカー、エアフェル買収です。これは欧州事業拡大を目指すなかで、トルコ自体の市場成長と中央アジアへのエントリーポイントとして非常に魅力ある会社として注目し、何年かの交渉を経て買収に至りました。

 そして4つ目に、後述する2012年の米グッドマン買収があります。

──現在のお立場から、どのようにM&Aに関わっておられるのですか。

 案件は、投資銀行に持ちかけられるというよりも、常日頃、それぞれの事業部門が地域戦略、商品戦略を考え、自社に欠けている分野を補うことや、スピーディーに戦略を進めるために探しています。そうした過程で現地の取引先などから声が出てくるケースも多く、まずは事業部門が接触を開始し、ある程度現実味があると判断した段階で、正式に取り組むことになります。あまり大きな規模でないものは、事業部門だけで対応します。財務デューデリジェンスは基本的に外部の専門家を使うことにしていますので、担当部門が現地または日系の事務所を使って行います。

 部門によってはM&Aのノウハウが不足しており、FAの選定の段階から知恵を出してほしいと言われる場合もあります。そういう時は、FAの選定や企業価値の試算、デューデリジェンスのサポートなどを、経理財務本部のメンバーが行うケースもあります。一方、一定の規模のものや、全社的に取り組むような案件では、私が入って進めます。

──CFOとしてご自身が、M&Aに待ったをかけることもあるのですか。

 当社の場合、すべてのM&Aは各事業部門の長がトップに提案する形態であり、その是非をジャッジするのは、トップの意思決定です。私自身にはGO/STOPの判断を下す権限はありませんが、気がかりなことがあれば事業部門長に対して懸念を投げ掛けたり、トップに意見を言うなど、率直な議論ができる環境です。

──各M&A案件は、規模によって部門単位で対応するのか全社対応するかが決まるとのお話ですが、それ以前のビジネス・ポートフォリオの方向づけなどは、どういった体制で決定されるのでしょうか。

 そうした中長期の経営戦略は”Fusion”と呼ぶ戦略経営計画で主に検討しますが、これは経営企画室が対応します。私どもは年度予算を中心とした短期計画を担当しています。大きなM&A案件も経営企画室が窓口になっていますが、実際に担当する人員はあまり多くいませんので、案件の検討や実行は私どもの部署など、各ラインが参画して進めます。

──これまでの経験に照らして、M&Aを推進するうえでの問題点や課題はなんでしょうか。

 M&Aですべてが解決すると誤解している人が、残念ながらまだいると感じます。しかし、M&A自体を目的化してしまってはうまくいきません。明快な事業戦略があり、それを推進するうえで「時間を買う」「人を買う」「市場を買う」手段としてM&Aをするのだという立脚点がしっかりしていないと、方向性を見失ってしまうおそれがあります。単に売上げを増やすためにM&Aをしたいという考え方は改めるべきです。

 その辺りが明確でない場合には、「もしそのディールが成立しなかったらどうするのか?」という問いに対して、具体的な答えが返ってきません。そういうディールは、せいぜい1+1が2になる程度で、とても高いシナジーを発揮しているとは言い難い状況になります。恥ずかしいことではありますが、当社でも過去そういうケースが散見されました。

 戦略を推進する際は、その会社を自社の事業にどうはめ込んでいくのか、PMIにまでしっかり目を向ける必要があります。現地のメンバーや資源をどう取り込んでいくかについての具体的な計画と、そのフォロー・アップが重要です。

今後の連携・提携は「協創」がコンセプト

──M&Aを自己目的化しているケースがあるとのことですが、これは担当する方々のそれまでの経験に原因があるのでしょうか、それとも社内の育成に原因があるのでしょうか。

 両方に原因があると思います。案件の中心メンバーですら、「買う」ことが先に立って、なぜこの案件が議論されているのかが頭から飛んでしまっていることがあります。だからこそ、私をはじめ他部門のメンバーがチームに参画し、多面的にディスカッションして、全体の方向性をまとめていくようにしています。

 特にビッグ・ディールの場合は、意見の温度差が際立ちます。それをトップの前で堂々とディスカッションして、最終的にトップが意思決定をしていきます。

──買った会社をモニターする時、どういう指標を重要視しますか。

 M&A成果のモニタリングは、シンプルに売上高と営業利益で行うのが大前提ですが、買収時点もしくは検討時点で、どういう計画を立てていたのか、それに対して買収後の各年度の計画にどのように反映されているのかなども注視します。また、買収段階で策定したシナジー計画についても、当該シナジーが年度予算のなかで、どれだけ実現できるものとして織り込まれているかをチェックし、PDCAを回しています。

──投資機会が多い一方、それ以上に手元にキャッシュが貯まっている環境にあるようにお見受けします。

 ご指摘の通りです。ここ数年で事業規模が大きく拡大し、収益性も向上しています。そのため単年のキャッシュフローは、それなりの金額になっています。今期も、研究所設立や、買収したグッドマン社の新工場建設もあり、1,200億円ほどの投資を行います。それでもキャッシュが残る見込みであり、今後通常レベルの投資をしている限りは、借入金が減っていく状況になります。

──うらやむ同業社も多いのではないでしょうか。

 当社の大きなベクトルは、常に投資をしながら大きな成長を目指すことにあります。そのため、潤沢なキャッシュを借入金の返済に充てることで自己資本比率を向上させることが正解とは言えません。私がトップとディスカッションしているのは、次の5年などのスパンで、さらなる成長に向けた大きな投資をしていかないと、自己資本だけ厚い会社になりかねないということですし、そういった投資を負担できる財務体質になりつつあるということです。

 たとえば現状では、各地域ですべてを自社でまかなうことはできていません。特に北米では、ハード以外のシステム・ソリューション系や制御系をもっと広げていきたいと考えていますが、自前のリソースはありません。他社との連携や提携で対応していくしかありませんが、将来の発展性を考えれば、やはり自前で整えたいと考えています。良い案件があればすぐにでもM&Aを行うのですが、なかなかいい案件がなく、実現に至っていません。

──ところで、今後は研究開発分野でも、他社との連携や提携が重要性を増してくると思われますが。

 基盤となる技術力は自社で高めていくことに変わりはありません。そのための投資は当然行います。ただ、技術だけでは食べていけません。商品になって初めてビジネスになります。その時、商品はプロダクト・アウトではなく、マーケット・インが望ましいと考えます。あくまで地域地域のお客様のニーズに合わせた商品を提供する必要があります。そこで、当社が最近取り組んでいるのは、基盤となるベース技術は日本で開発し、商品設計などは現地仕様ものにしてできるだけ現地に任せるという考え方です。中国やヨーロッパではほとんど対応できている状況ですし、アジアでも進んできています。

 一方で中長期を考えますと、ハードはあくまでも一つのパーツにすぎませんから、部屋全体、建物全体のエネルギーをコントロールしたり、購入から使用、メンテナンスから廃棄までライフ・サイクルすべての面倒を見たりというように、エアコンを通じて「快適空間」を提供する、というところまで持っていかないといけないと考えています。

 いま当社では摂津市に「テクニカル・イノベーション・センター(TIC)」という、他社の中央研究所に当たるような施設を建設中です。本年11月に竣工予定ですが、そのコンセプトは「協創」です。社内外の協創を通して、産産、産学、産官で新しいテーマ、新しいビジネスチャンスを生んでいこうと考えています。

 グーグルは最近、ネストという会社を買収しました。サーモスタットの会社ですが、おそらく彼らは、コンピュータ制御によってさまざまな空間のエネルギー・コントロールやファシリティーコントロールの仕組みを考えているのではないかと思います。こうした快適空間の提供が、彼ら主導によって行われると、当社はハード機器のサプライヤーに成り下がってしまいます。そうした「ゲーム・チェンジ」に備えなければなりません。

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狙ったシナジーが具現化できるか、ビジネス・デューデリジェンスにこだわり抜く

──米グッドマンの買収を公表された直後に、具体的なシナジーのテーマや定量化についてかなり踏み込んだ開示をしていらっしゃいます。その意図は何なのでしょうか。

 この案件は当社にとっては大きな投資であり、絶対に成功させなければいけませんでした。周囲の一部からは「高い買い物」とも言われましたが、もともと利益率が高く事業から生み出されるキャッシュフローも潤沢な会社でしたので、買収前に定量化が済んでいたシナジーを一日も早く実現することはもちろん、まだ定量化しきれていないシナジーの源泉を具体的に列挙することによって、買収価格を上回る価値を生み出す覚悟を示すという意図がありました。

 当社の初めてのビッグ・ディールは、前述のOYLグループ買収でしたが、それを経験したメンバーがグッドマンの検討チームに入っていたこともあり、シナジー・テーマの具体化や定量化は大変な作業ではありましたが、その経験を活かすことができました。

──数多くの経験から、失敗の少ないM&Aのポイントは何だとお考えでしょうか。

 ある会社をターゲットとした時に、一番重要なのはビジネス・デューデリジェンスだと思っています。いかに当社がやりたいことを、我々の資源と被買収会社の資源を使うことで実現できるかが大切です。とにかく価格オファーを出すまでに、ビジネス・デューデリジェンスを実施させてほしいということです。

 我々がやりたいことを、自社の資源と被買収会社の資源を使ってどこまでできるのか。ビジネス・デューデリジェンスに当たっては、具体的な仮説を立てておく必要があります。そして実際に先方の会社に対してビジネス・デューデリジェンスを行う際、その会社がどれだけ仮説通りのパフォーマンスを発揮するかを探ります。それが明確に感じられなければ、おそらく買収金額と見合わないことになり、検討を途中でやめることも考えなければなりませんし、その結果次第で出せる金額も大きく変わることを相手に伝えておく必要があります。

 会計デューデリジェンスなどは一定のルールがありますが、ビジネス・デューデリジェンスは案件ごとに別物です。いかに我々がやりたいことを具体化できるか、そこを可能な限りディスカッションします。たいてい相手(売り手の株主)やFAの皆さんから、もう勘弁してほしいと嫌がられますが(笑)。

──仮説を正しく立てて、実施して、結論を出す。知らない領域のデューデリジェンスは、難易度が高いのではないでしょうか。

 いくら事前に相手とディスカッションしてビジネス・デューデリジェンスを行っても、買収する前ですから我々は部外者です。実際に統合して初めてわかることもあります。たとえば被買収会社の力だけである程度いけると思っていたものが、意外と実力がないといったことがあります。経験則から、それがはっきりした段階ですぐに突き詰めて、解決策を用意しなければなりません。そのためには、結論が出るまで頻繁に現地と意見を戦わせる必要があります。

人材育成の王道は「実践」と「経験」

──快適空間を提供するというように視点が変わると、付加価値の源泉は、単に生産現場の競争力ではないということになってきます。従来にないマーケティング感覚、プロデューサー的な才能を社内で育てていく必要が出てきます。

 とにかく人材勝負というのがトップの問題意識であり、当社の文化です。マーケティング力は、確かに当社に不足している能力です。その人材をどう育て、能力を磨いていくかが、喫緊の具体的な課題になっています。

 M&Aについても同様です。教科書的な座学だけではなく、1つでも2つでも実践、経験することで成長につながります。私の部署のメンバーをチームに参画させる際、あえてもう一人新しいメンバーを入れ、経験を積ませることも試みています。

 選抜研修というものも考えています。これは、当たりをつけた特定の人材を意図的に案件に関与させるというものです。他部門でも別の取り組みがありますが、基本的には一緒に仕事をしていくなかで伝えるものを伝え、育て上げていくことになります。

──本日はありがとうございました。

聞き手:山田 晴信
日本CFO協会 M&A部会座長/日本CFO協会理事
元香港上海銀行在日副代表 兼 副CEO

M&A部会について
日本CFO協会は、日本企業のM&A力向上のための情報交換の場としてM&A部会を2014年に発足し、先進企業の経営者・CFOや第一線で活躍するM&Aの専門家などをお迎えして、国内外におけるさまざまなM&Aに関するコンテンツやケースをご紹介させていただき、参加者の皆様が議論をしながら相互研鑽できる場をご提供しています。
http://www.cfo.jp/study_and_interaction/ma_grp/

2015年9月25日

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