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2015年6月15日 

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グローバルM&Aが失敗する理由⑤

松田 千恵子

マトリックス株式会社 代表
首都大学東京大学院 社会科学研究科経営学専攻 教授
日本CFO協会主任研究委員

企業理念があればいいというものではない

 企業理念という「不変の軸」は重要だ。しかし、企業理念が「あるだけ」では不足である。下記のような点に心当たりはないだろうか。
①企業理念は掲げているが、綺麗ごと過ぎて役に立たない
②企業理念と称される要素が多すぎる
③企業理念を日常の活動と結びつけるフィードバックループができていない
 今回はこれらについて考えたい。

いったい何を言っているのか?

 どんなに綺麗ごとだらけでも、企業理念として存在していることに変わりはない。しかし、それだけでは何の役にも立たない。何か意思決定で悩んだ時に、企業理念に立ち戻ることで右か左かが分かる、というものであってこそ初めて企業理念として存在する意義がある。前回示したカゴメの例を見ても明白だ。「感謝」「自然」「開かれた企業」という企業理念に反するM&Aはやらない、という意思決定が明快になされている。同社は以前より情報開示には定評がある。これも「開かれた企業」という企業理念のなせる技と言える。

 世の中には言語明瞭・意味不明瞭な企業理念が存在する。「価値」や「貢献」といった綺麗な言葉だけが先行するもの、あるいは「ソリューション」や「イノベーション」といった片仮名で格好をつけるもの、全てが悪いわけではないが、判断指針としては通用しないものも多い。長過ぎて何を言っているのか企業自体が分からなくなっている場合もある。J&Jのクレド(我が信条)も結構長いので、単に長いというだけで責められはしないが、何を言いたいのかわからないのは困る。

 会社の企業理念にケチをつけても仕方がないので、これ以上はやめておくが、このような自称「企業理念」で困る点は、M&Aの後、PMIの現場で被買収企業に対する説明に使えないことだ。海外で買収した企業のトップから「あなたのグループは何を目指しているのか」と問われたとしたら、何と説明するだろうか。傘下に入ったメンバーに対して、「我が社はこういうことを本当に大事にしているのだから、これだけは守ってください」と心を込めて言える内容になっているのだろうか。

 これをテストする簡単な方法がある。企業理念を英語に翻訳してみることだ。ただしネイティブスピーカーのチェックは必須である。他言語という異質のフィルターを通すことで曖昧であったり、理解しにくい点を浮き彫りにする効果があるからだ。

スローガンだけが乱立してはいないか?

 「企業理念を整理しよう」「英語に翻訳しよう」ということを始めると、困ったことが起きる。「企業理念に該当しそうなさまざまなスローガン」があちこちから湧いてきて収拾がつかなくなるのだ。「ミッションとバリューとビジョンはどれが上位なのか?」「前回作った人事憲章の方が重要なのではないか?」「表向きにはブランドマネジメントの一環でこのような語句を使っているはずではないか?」「活動規範と行動指針はどう違うのか?」「子会社がまた別の企業理念を作っているらしいが?」・・・・これらはすべて実例である。こうした企業に、とりあえず企業理念っぽいものを出してもらうと平気で10を超える「価値体系」が集まってくる。これらはそれぞれ全く別のことを言っている。これでは守ろうとしても守れない。

 こういう時は一度初心に帰るしかない。つまり「すべて忘れる」。そのうえで、改めて創業の精神に戻って考えるか、将来に向けて重要なことにフォーカスする。従業員等に改めて聞いてみることで、驚くほどシンプルかつメッセージ性のある一言が出てくることが多い。

フィードバックを行っているか?

 当然のことだが企業理念は活用してこそ意味がある。「我が社にいる以上、目指してほしい、守ってほしい最上位概念」を踏みにじることは許されない。ここで譲歩した場合、M&Aはまず失敗する。企業理念を尊重できるかどうかは最重要課題である。プロフェッショナルファームでは、企業理念を象徴する幾つかの要素に関する評価があり、それに抵触すればいかに成績が良くとも一発でクビである。

 クビにするかどうかはともかく、企業理念に関する項目は評価の要素には必ず含めるべきだ。「我々が心から大事にしていること」を共有できなければ、必ず問題が起きる。これはCSRの基本でもある。

 さて、企業理念に関する項目が評価に入るとなれば一大事である。何よりも、評価される人々にその基準をきちんと理解してもらわなければならない。評価の基準を理解させる努力もなしに一刀両断に切って捨てるのは単なる暴君である。グローバルM&Aを行うほどの企業のトップであれば、ほとんどの時間を自社の企業理念を浸透させるエバンジェリストとして使ってもよいほどだ。ここで気をつけていただきたいのは、間違ってもミドルクラスでの「企業理念浸透プロジェクト」に丸投げなどしないことだ。そういったプロジェクトの存在を否定するわけではないが、トップ自ら発信せず、他人に丸投げしているような内容を、我が心の憲法だと思い、重要な評価の基準だと飲みこむ社員がいるわけがない。

 企業のトップからすれば、何十回、何百回と同じことを言わねばならないかもしれない。だが、聴く相手にとっては、その機会はたった一度である。全グループ津々浦々の社員に、本当に少なくとも一度は自らの言葉で語りかけたかどうかトップは考えてほしい。もし、それが実現していれば、企業理念に関するフィードバックプロセスを具体的に動かすことも可能になるであろう。サーベイの実施などはその好例である。

 下図のアンケート結果にあるように、企業理念を掲げ、それを企業内に浸透させ、かつフィードバックを行っているような日本企業はまだ2割をはるかに下回る。しかしながらM&Aなどの手段を通じてグローバル化を進め、現地への権限委譲を行っている企業ほど、企業理念の重要性を認識し、企業理念の浸透、フィードバックに取り組んでいるということもこのアンケート結果は示している。

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2015年6月15日

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