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2015年6月15日 

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コーポレートガバナンスと
コーポレートファイナンス

砂川 伸幸

神戸大学大学院 経営学研究科 教授
京都大学経営管理大学院 客員教授

コーポレートガバナンスの潮流

 コーポレートガバナンスに関する議論が盛んである。『コーポレートガバナンス・コード原案』によると、コーポレートガバナンスとは、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえたうえで、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みであるという。同原案には、このような意思決定を促進することで、攻めのガバナンスの実現を目指すという記述もある。

 かつて、コーポレートガバナンスといえば、守りであった。企業経営の監視や必要に応じた経営体制の刷新によって、不祥事の発生を防ぐメカニズムと定義されていた。いまは攻めである。もちろん、両者は相容れないものではない。守りを怠らず、企業価値を向上させていくことが、コーポレートガバナンスの目的であるという認識が広がっている(東京証券取引所〔2013年〕『コーポレートガバナンス白書』)。会社をよりよく経営するための枠組みと緒活動といってもよい(加護野・砂川・吉村『コーポレートガバナンスの経営学』〔有斐閣、2010年〕)。

リアルオプション

 企業価値の向上を真正面から取り上げる学問は、コーポレートファイナンスである。コーポレートファイナンスは、企業価値向上と整合的な投資評価や財務政策の方針を教えてくれる。同時に、リスクマネジメントを重視する社会科学でもある。コーポレートファイナンスの理論を用いて、攻めと守りのガバナンスについて整理しよう。

 企業価値を高めるためには、価値を創造する事業投資を実践していく必要がある。コーポレートファイナンスは、定量的な事業価値について教えてくれる。周知のとおり、投資が生み出す将来のFCFの現在価値から投資額を控除した正味現在価値(NPV)である。NPVが正の投資を行い、NPVが負の投資を見送る。コーポレートファイナンスでは、この投資評価基準はNPV法といい、企業価値向上と整合的であると推奨している。

 事業環境は不確実である。好ましくない状況が起これば、事業を延期したり、中止したりすることが必要になる。外部環境が予想以上に好転すれば、拡大するという選択肢がある。事業に付随するこれらの選択肢をリアルオプション(real option)という。アメリカ大企業の投資評価基準を調査したレポートによると、約3割の企業がリアルオプション・アプローチを導入しているという(同レポートによると、DCF-NPV法を採用している企業は9割にのぼる)。

 シンプルな数値例でリアルオプションの考え方を紹介しよう。図は、初期投資が20億円、2年後に生じる成果(FCF)が1年後の事業環境に依存する投資プロジェクトである。割引率(資本コスト)は10%(年率)。好況であれば、図右上の枠内にあるように、1年後の事業価値は55億円になる。不況の場合、事業の継続を前提にした評価額は▲55億円である(図右下の枠内)。不況時の事業撤退に必要なコストは、5.5億円と見積もられている。このように、ケース別の価値を算出することで、シナリオごとの意思決定を検討することができる。好況では、事業を継続することが企業価値の向上につながる。不況では、事業を中止・撤退することで企業価値の毀損を防ぐことができる。

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ブレーキとアクセル

 撤退というオプションを考慮せずに、2年後の期待FCFの現在価値を求めるとゼロになる。初期コストを考慮したNPVは▲20億円である。攻めを重視する企業は、NPVなどにこだわらず、この投資を実施するかもしれない(過剰投資)。過剰投資は、企業価値を毀損する。守りを重視する企業は、NPVがマイナスという理由で、投資を見送るかもしれない(過少投資)。企業価値は毀損されないが、有益な投資機会を逃すことになる。

 最良の方法は、状況に応じて、攻めたり守ったりすることである。好況であれば、事業を継続する。不況になれば、果断に撤退する。図の下枠にあるように、撤退を考慮した投資の評価額は2.5億円になる。撤退オプションを明示的に取り入れると、投資は価値をもつ。コーポレートファイナンスは、このように教えてくれる。

 ただし、このスキームを実践することは難しい。一度始めた事業を途中で中止することは、困難である。資本と時間とヒトを投入しているため、社内では、回収しなければならないという思いが強くなる。過去の投資(サンクコスト)が呪縛になり、見込みがない事業を続けてしまう。資本と時間とヒトを追加投入すると、ますます撤退しにくくなる。その結果、さらに損失が膨らんでしまう。ブレーキがきかないケースである。コーポレートガバナンスが機能していなければ、このような事態に陥ってしまう。

 コーポレートガバナンスが効いていれば、リアルオプションを正しく行使できる。社外役員を含む取締役会が、外部環境の悪化をきちんと受け止め、事業の中止・撤退を決定する仕組みが整備されていれば、不況時の損失は小さくてすむ。損を小さくすることが大切なのではない。中止や撤退を決定できる体制が投資を促進し、企業価値を高めることになることが重要なのである。守れるからこそ、攻めることができる。ブレーキがきちんときくからこそ、アクセルを踏むことができる。

 コーポレートガバナンスのオリジナルは、規律づけであり、守ることにあった。最近は、投資を促進し、企業価値を向上させる仕組みであるという。両者は相容れないものではない。コーポレートファイナンスの理論を用いると、コーポレートガバナンスのオリジンとトレンドを整合的に理解することができる。コーポレートファイナンスとコーポレートガバナンスは密接に関連している。ファイナンスの理論をガバナンスで実践することが、企業価値の向上に結びつく。

2015年6月15日

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